La campanella




、田垣外さん、おはよう。」
「おはよう幸村君!」
「どーも。」

忘れていたけど今日から幸村が隣の席だった。
人付き合いが苦手なので、知らない人が横に来るのもちょっと嫌だけで幸村というのもちょと微妙。
あ、そういえば聞きたいことがあるんだった。


「幸村、一ついい?」
朝練終わりなのか席についてお茶を飲んでる彼に声をかけると「なんだい?」とペットボトルのキャップを締めながら返事をした。

「氷帝の跡部ってどんな奴?」
「え、どうして?」
「・・・なんとなく。」
が他人に、しかも他校の人に興味がわくなんて意外だなあ。なんだか妬けるよ。」

柔らかく笑いながら幸村がそう言った。
やっぱり幸村に聞いたのは間違いだったのか、諦めて1限目の用意をしようとしたら横から、跡部は凄い奴だよ。と聞こえたので幸村のほうをもう一度見た。
「どういう風に?」
「氷帝テニス部、200人を率いる部長でね、副部長は取らずに一人で指揮してるよ。テニスの腕も素晴らしくてね、うちの真田がライバル心を抱いてるほどだ。同じ部長として尊敬するよ。」

「そう、真田がライバル心を抱くってことは立海の副部長クラスってこと?」
「あはは!どうだろうね、それ以上かもしれないな。俺は直接対戦したことはないけど…真田と青学の手塚って言う部長と跡部の3人はいいライバル同士だよ。まあ跡部のカリスマ性でいえばテニス界最強だけどね。」
「へえ。ただのナルシストじゃないんだ。」
「まあ…間違っちゃ居ないかもしれないけど、でも彼は凄いよ。」

ふーん、と言ってるとちょうどチャイムが鳴ったので会話は終了。
私はノートの上にこっそり楽譜をおいて、方耳にbluetoothのイヤホンをつけた。
携帯のミュージックプレイヤーもbluetoothモードに切り替えるとイヤホンからは昨日パソコンから携帯に転送した自作の自由曲が流れる。

このbluetoothのイヤホンは、ワイヤレスのイヤホンなので髪が長い私は先生にばれることはない。
前に座る田垣外も私と携帯の機種が同じで、このbluetoothのイヤホンを一緒に買いに行ったのは最近だった。
田垣外は田垣外で今は課題曲を聴いているんだろう。


コンコン、と横からシャーペンで机を叩かれそちらに目を向けると、幸村のノートの端に『何してるの?』とかかれてあった。
彼の字は走り書きだけど人間性が現れているようなきれいな優しい文字だ。

私もノートの端に薄く『練習の一環』と書いた。
『何かあるの?』 『うん』
いちいち面倒臭いな、と思いつつ幸村が次に書き終わるのを待っていて、チラリと見るとたぶんイヤホンをつけるところを見ていて音楽を聴いていると知っているのか『俺も聴きたいんだけど。』と書いてあった。
本気?と思って顔を見ると向こうはにっこりと笑っていた。

『一曲だけのエンドレスだけどいいの?』と聴けば『いいよ』と返ってきたのでポケットに入れてあったもう方耳のイヤホンを幸村に、先生にばれないように机の陰で見えないよう下からこっそり渡した。

ありがとう、と口パクで言われて先生の目を盗んでイヤホンをつけた。
『楽譜みたい』と次はかかれ、音楽へ興味を持つような頼みごと私はどうしても断れないために二人の机の間に置いた。

数回流すと、さすがに幸村もメロディーを覚えてきたのか、ところどころだけペンを持ちながら人差し指でリズムを取り始めた。
もしかして気に入ったのかな、なんて思いつつこんな筆談が頻繁にあると思うとゾっとした。

休み時間になると、ありがとうという言葉とともにイヤホンがかえってきた。
田垣外が後ろを向いたので課題曲と自由曲の楽譜を交換した。

「そういや聞き忘れたけど、今何の練習してるんだい?」
「コンクール。」
「へえ、いつごろあるんだい?」
そう聞かれて田垣外と目を合わせた。

「神奈川大会は8月上旬か下旬だったっけ?」
「うん、そうだね、それくらい!」
「東関東は9月上旬で全国大会は去年は10月の下旬だった。」

「期間長いね、俺らも7月中旬から大会が始まるんだけど夏休み中に全部終わるよ。そうだ、全国大会の決勝戦さ、時間が合えば見に来ない?」
「全国の決勝?」
疑問に思い思わず首をかしげながら言ったが、即答で肯定の返事が返ってきた。

「なに、優勝する気満々?」
「当たり前だよ、狙うのは3連覇。」
「ふぅん、コンクールと重ならなかったら行ってあげてもいいよ。幸村も来る?呼ぶのは10月になるけどね。金賞のトロフィー見せてあげてもいいよ。」

つまり全国大会に来る?というわけだ。
「ふふっ、だって全国で金賞取る気満々じゃないか。」
「あたりまえじゃない。」

お互い自分の部が全国レベルなだけあって、目標は同じ。
吹奏楽部には優勝制度はないけれど、全国大会の金賞はすごくすごく名誉なこと。


「おいー、客きてっぞー!」
昨日の席替えで廊下側の一番後ろになったらしい野球部キャプテン久保山があたしを呼んだ。
客?3年なら堂々と入ってくるし、2年ならこっそりと気配を消して勝手に教室に入ってくるし…。

誰かと思い行くと、廊下の壁にへばりつくように、制服を着ているというよりも制服に着られているので1年と思われる女の子が、3年の階の雰囲気におびえながら居た。
顔をよく見ると 昨日の部活見学に来てたトランペット経験者だった子だと思う。

「私に何か用かしら?」
そう聞くと、1年はビクッとなって手に持っていた紙を私に差し出した。
「ここ、ここれ!です!」
うん、普通にビビリすぎだと思う。
そしてあえて言わないし表情にも出さないけれど、驚くくらいのアニメ声というか、ワンピースのチョッパーみたいな特徴のあるかわいらしい声だった。
紙を受け取って見ると吹奏楽部の入部届けだった。

「あら、入部してくれるのね。ありがとう。」
「は、はははははい!」

緊張してるのが初々しいけどいきすぎだろう。大丈夫だろうか?


「それじゃあ放課後ね。」というと、1年はあたしに思い切り礼をして去って行った。
ていうか1年の入学したてホヤホヤで3年の教室来るの怖くないのかなあ。
1個下の後輩でも3年の階に来ることは嫌がるし滅多にこないというのに。

入部届けの氏名を見ると、『崎元 葵』と書かれており、チョッパー並のアニメ声のお陰で一発で覚えた。
多分うちの部ではチョッパーってあだ名が付くんだろうか。

ていうかね、別に良いのだけどさ、あたし昨日放課後に音楽室に持ってきてって言わなかったっけな。
まあいいか…4号館の使用許可がどうなったのかも気になるし、時間もあるし田代先生のとこにもって行こう。


「久保山、だっけ?田垣外に職員室いってくるって伝言よろしく。」
「おう、まかせとけ!」








◇◇◇



4号館の使用許可が取れた。

4号館とは学校の東門と南門の中間地点にあり、横に立海ホールも建っているし前には竹林広場というちょっとした広場もある。
グラウンドも近くなり、時間短縮にもなるし最高の場所である。
もともと吹奏楽部はコンクール前になると舞台のあるホールの音響になれるために毎年立海ホールで練習していたたし、竹林広場も練習場にもってこいだし、実は前からそこを部室にしたかったんだ。

今日はツイてるな。
部活は早速4号館の掃除と楽器移動からはじめよう。


そろそろ授業が始まるので急いで教室に戻ろうとして、階段ののぼりに差し掛かったところで
「うわ!避けろぃ!」

といわれ、何かと思ったらものすごい速さで降りてくる、というよりも落ちてくる丸井とコーヒー牛乳のパックが見えて、意味がわからなくなって避けるどころか吃驚して全く動けなかった。

次に体に想像通りにタックルされた衝撃が来て、気づいたら後ろに倒れこんでいた。
でもそこまで痛みはないのは、丸井がとっさに私が頭を打たないよう抱きとめていたからだった。

けれど…。

「冷た…。」
髪も顔も制服もコーヒー牛乳まみれだし、丸井は「いてて」とか言って未だ手をはなさないおかげで、上に乗っかったままでコーヒー牛乳がしみこんだ丸井の制服に顔が押し当てられて余計に不快感。

「おい!大丈夫か?」
「…。」

起き上がった丸井を無言で睨んだ。

「悪ぃ、階段で足もつれて踏み外しちまって…とりあえず保健室行かねぇ?」

嫌だ、と言おうと思ったけどこの格好で授業に出るわけにもいかないし少し眩暈がするので、大人しく差し出された手を掴んだ。


保健室の先生は運良く出張中だったが鍵が開いていたので入った。


「なあ、体操服持ってんのか?」
「もってる。」

タオルを二枚とって一枚を丸井に投げると、サンキューといわれた。
丸井は私を抱きとめたから私についたコーヒー牛乳が少し染み込んだだけだったけど、あたしはもろかぶりのために水道で髪の毛を洗うことにした。


「そういやってC組だった…っけ?」
「そうだけど。」

髪を洗いながらそういうと丸井は黙ったのでチラッとそっちを見たら顔が真っ青。
小さい声で「幸村君に殺される…!」とか言ってたけど、意味がわからないので無視した。

こんなもんだろう、と水道を止めて髪を拭きながら携帯を取り出して田垣外に、次の休み時間に体操服を保健室にもってきて、と。


「丸井、それ染みになるよ。」
タオルを渡したのはいいが、明らかに拭けてなかった。おせっかいかもしれないが、そういうのが凄く気になる。


タオルを少しぬらしてシャツのすそをトントンと拭くと、ある程度染みが抜けた。

「サ、サンキュ…。」
「どーいたしまして。」

汚れたタオルをたたんで、外にあった洗濯機の中に放り込んでおいた。丸井にシャツ洗濯しなくて大丈夫かときけば、私と同じように次の休み時間に体操服を持ってきてもらうらしい。ジャッカルに。それまでは寒いからこのまま居るとの事。

「何か意外だな、って家庭的なイメージ全くねーもんな。」
「失礼ね。汚れたらすぐ捨てるとでも思った?」
そういうと、「あ、悪ぃ。」と言って丸井はクスリと笑った。何がおかしいのか首をかしげてると「もっとって話しにくい奴かと思ったぜ。」といわれて睨むが、丸井はソレすらも気にしていない様子。

「だって第一印象は強烈だしさ、真田以上にとっつきにくいかと思ったけど意外と話したらちゃんと返事返ってくるしさ、何気に冗談通じるし印象一気によくなったぜぃ!」

「そりゃどーも。」

ふと目をやると、棚に体操服が置いてあったのを見つけた。
手に取ると後ろから「着替えてくれば?」といわれたのでそうすることにしよう。



着替えたついでに洗濯機を勝手に借りて制服を洗った。乾くまで授業サボろうかなあ。


「丸井は戻らないの?授業始まってるけど。」
「おぅ、サボる。ってかよ、それあらわねぇの?」
「うん。これはいいの。」


丸井は汚れたリストバンドを洗わないことに納得いかないようだ。
話を終わらせるつもりで、いちどトイレに行って洗おうとした。

「おい、待てよぃ。よっしゃ俺が洗ってやるよ。」
とかいってあたしの右腕を掴み、さっとリストバンドを取られたのがわかった。引っ張ったときに瘡蓋に引っかかり傷口が数箇所開いたのも感覚でわかる。

いきなりのことすぎて私は絶句で、振り向くことで精一杯だった。
なにも抵抗できぬままで、心臓がドクンドクンと鳴り、さらに冷や汗がでてめまいすら覚える。
視界には目を見開いて私の腕をみて目を見開き口をポカーンとさせている丸井が居る。
脳裏には気味悪がる丸井やその他テニス部、そして全校生徒がいる。


どうしようどうしようどうしようどうしよう、怖い怖い怖い怖い。拒絶されるの怖い怖い怖い