La campanella






丸井の手を振り払い、慌てて引っ込めて胸元で左手で自分の右手首を覆った。
「わ、悪ぃ…。」
言葉が出ない、歯を食いしばって彼を見つめるしかできない。
心臓がうるさい、手が震える。逃げ出したいけれど足が動かない。



丸井は気まずそうに目を逸らして沈黙が続いたが、普段は嫌いな沈黙を気にしていられるほど冷静にはなれない。

拒絶された、気持ち悪がられた、皆に言いふらす?皆気持ち悪がる?部員も、皆離れる?
何も考えれなくなった。
もし、全てを失ったら私はどうすればいいのか、やっと慣れてきたこの環境も、音楽と触れる機会もすべて、消える?

「なぁ、」
「やだ…やだやだやだ!」

何も聞きたくなくて耳をふさいでその場に座り込んでしまった。
「おい、聞けって。」

丸井は丸井で錯乱状態の私に吃驚してどうしたら良いのかわからないのか、慌てて私の前にしゃがみこんで背中をあやすようにぽんぽんとなでたが手を振り払う。


「落ち着け、な?大丈夫だって、うっわー、どどどうしよ!ほら、大丈夫だから、よーしよしよし。」
そういわれて頭をなでられてると、次第に気分も落ち着いてきた。なんだか子供みたいで恥ずかしいがそんなこと考えていられない。
私の頭の中は一瞬で絶望に占領された、がなんだかおかしい。
何がおかしいかというと、丸井。

「落ち着いた…か?」

そういって私の顔を覗き込み目が合うと、落ち着いたよう様子が伝わったようで安心したのかほっと一息ついたのがわかった。

「ほら、消毒しようぜ?ばい菌はいったらダメだろぃ?」

やんわりと腕を掴んで引っ張り「とにかく人来たらまずいからベッドに座ろうぜ。」と言われた。
あれ?拒絶、されてない?
思っていた反応や言動と全く違うから混乱しそう。


すこしだけ安心して丸井に支えられ立ち上がると、ベッドに誘導されて座らされた。
恐る恐る丸井を見上げると彼は少し微笑んでいて「ちょっと待ってろぃ。」と言いカーテンで区切られたベッドから出て行った。
頭がついていかないんだけど。


「お待たせ。ほら、右腕出せよ。」

救急箱を持ってまた中に入ってきた。
不審に思って右腕を出せずにいると「ビビんなってーの。消毒してやるからさ。ほら腕見せろ。」と言って私の前に丸椅子を置いて救急箱を開いて色々と道具を取り出した。

恐る恐る右手を出すと、だいぶ切ってんなーと少し深刻そうな顔をしていたけど拒絶はしていないみたいで少しだけ警戒心を解いて疑問をぶつけてみた。

「なんで…、なんで気持ち悪がらないの?」
「あぁ、…なんつーか。俺の元カノがさ、同じことしてて。最初は何もわかってやれなかったんだけど…。ちゃんと理解したんだ。だから平気。」

「…そっか、」

消毒液をらんぼうに思い切りかけられて、すっごい沁みて思わずなみだ目。
丸井は器用に私の腕にガーゼを当てて包帯を巻いていった。

「ほら、リストバンドも洗っておいたぜ。」
手渡されたリストバンドはまだ湿っており、着けれそうにはなかった。


「なんつーかさ、意外だったぜ。俺の中でって強いイメージあったからよ。」
「・・・私は強くなんかないよ。周りは私のこんな態度や口調のせいで勘違いしてるだけ。普通の人よりもずっと弱い。」
「え?」

「こうすることでしか生きられない、人よりも弱点ばっかりの人間よ、私。」

そういって手当てしてもらった右腕を見つめていると、頭をがしがしとなでられた。
「そう落ちるなって。」

丸井は救急箱を元の場所に戻してから私の横に勢いよく座ってそのまま寝転がり、私も気を張ってたせいで疲れたので寝転んだ。
「仁王とかはしってんのだろ?」

そういわれ、私はゆっくりと首を横に振った。
仁王はテニス部の中で一番仲が良いので…というか、テニス部の中とか関係なく普通に私達は仲良しの友達という部類に入るらしい。
だからてっきり丸井は仁王が私のことを知ってると思っていたみたいで普通に飛び起きて驚いてた。

「まあよ、どーせテニス部とも仲良くするなら俺ら側にものこと知ってる奴居たほうがよくね?ってことで俺が知ってるからさ、何かと助けてやるよ。」
「…どーも。でも、なにがあっても絶対仁王や幸村はもちろんだけど、他の人に言わないで。」
「え?仁王とか幸村とかならわかってくれそうじゃね?」
「やめて、本当。お願い。」

丸井は数回瞬きをしてから、わかったよ、といった。



チャイムが鳴り、暫くすると保健室が開く音がして田垣外と思ってカーテンを開けたら田垣外じゃなくて仁王だった。

…と丸井?」
仁王は怪訝な顔をする。

私の髪がぬれているし、服装だって体操服。それに珍しい組み合わせに不思議に思ったのか、仁王に腕を引っ張られ肩抱き寄せられた。
一瞬のこと過ぎて頭がついていかない。

「なにしとったん、」

仁王は丸井を睨んだ。…なにこの展開。

「ちょ、俺何もしてねーって!変なこともなんも!」
丸井はテンパって冷や汗だらだらでそう言った。

「なんで濡れてるん。丸井…お前になにしたん。」
肩を掴む手に力が入るのがわかった。

「そんなに睨むなって!まじ誤解!な、!そうだよな?!」
二人が私を見たのでうなずいた。

「うん、丸井が階段から落ちてきてコーヒー牛乳頭からかぶっただけ。」
そう言うと、仁王は慌てたように「なん?!怪我は?!」と聞いてきたので無傷だと答えると安心したようだ。

「なんじゃ、心配させなさんな。」
「心配しすぎ。」

まあね、私は丸井とそんなに仲良くもなかったから仕方ないかもしれないね。
私も吹部の子が丸井と保健室に居たら仁王と同じことしてたかも。


次にまたガラガラと保健室のドアが開く音がしたのでそっちを見ると次こそやっと田垣外が居た。
ちゃんどうしたの!」
「ちょっとね、」

仁王も丸井も居るし、ここで着替えるのも気が引ける…トイレに行こう。
ついでに言えば田垣外はおっとりとしてるけど頑固な性格のために、何があったかきくまで教室には帰らなさそうだし、田垣外をつれて保健室から出た。



◇◇◇


仁王はと田垣外が保健室から出て行くのを見届け、丸井の横に座りそのままこちらに背を向け寝転がった。
きっとこのままサボるに違いないと確信し、そのままにしておこうと思った丸井だったが、彼に一つ聞きたい事があった。


「なあ仁王。」
「なんじゃ。」
のこと、大切か?」

そう聞くと仁王は首だけ丸井のほうを向けて睨んだ。
「なんでそんなん聞くん。」

丸井はあわてて、特に理由はねーけど!と言い返し、さらに言葉を続けた。

「本当、なんとなくだよぃ。そんな目で見んなって。」

仁王は丸井を睨むのをやめて仰向けに寝返りを打って天井をみつめた。


「当たり前のこと聞きなさんな。…俺はが抱えてるもん全部しってるわけじゃない、完全に心開いてもらっちょらんことも知っとる。それでも俺にとったら大切な女の子なんじゃ。」

「ふーん。」

「まあのう、まだ俺もあいつと知り合って1年で、部活も性別もちがうから全部はしらん。思ってることずばずば言いよるし、あんま笑わんし、冷たい態度とるように思えて一見とっつきにくいんじゃが話しかけると絶対返事も返してくれて、面倒臭そうでもなんやかんやで相手してくれよるし、優しいんじゃ。他人をちゃんと見とるし考えてくれる。だからの、丸井。おまえはのこと苦手意識もってるみたいやけど、この3日間でのこと嫌いにならんといたってくれんか?」

久しぶりに見るテニスの事意外での仁王のその真剣な表情に、が大事だと言い切った仁王に、の抱えているものを少し知ってすっかり保護者気分というか距離が近付いた気分の丸井は、におうが本当にを大切に思っていることにうれしくなって小さく笑って頷いた。

「俺嫌いとかそんなこと一言もいってねぇよ。最初は苦手だったけどな。ちゃんと話したら良い奴ってか、ほっとけねえ奴だよな、って!」

ごろん、と仁王の横に転がり同じように天井を見つめた。

「まあこれから仲良くなれるといーよな。」
「そうじゃな、でもなあ丸井。」
「ん?」
「ほれたらシバくぜよ。」
「真顔すぎて怖ぇ。」


その後、戻ってきたと田垣外も加わり珍しいこの4人でサボり決定となった。




の制服が乾いたのは昼休み頃であった。

「なにしていたんだい?」
いきなり保健室に来た幸村の静かなる怒りをこめた笑顔に4人は恐怖を覚えた。