La campanella



「あなたたち、何?」
「アーン?気にすんな。」
「・・・。」


あれから私は長太郎と長太郎の家へと向かおうとしたが、後ろからついてくる集団が気になって一度立ち止まり振り返り声をかけたが・・・。
気にすんなって何、着いてくるつもりなの?
あからさま不機嫌な顔をしていたのがわかったのか、長太郎が小さくごめんなさい、と苦笑した。

奴等には話しかけるだけ無駄だと思い、前を向いて歩き始めた。



「そういやお前・・・だっけ?長太郎とどんな関係だよ。」

背の低いオカッパの男子が私の前に出てきてそうきいた。
不機嫌が不愉快に変わる。

「邪魔。」

私は歩みを止めずにオカッパの子を押しよけた。

「くそくそ!なんだあいつ!すげえ感じ悪ぃ!」

そう言い地団太を踏むが私はそれさえも無視して先に急ぐ。
私はこんなことをしにここへ来たわけではない。

今週の土曜日は長太郎のピアノの発表会だ。
だから私が最後に完成させに来た。私がこっちに来るほうが練習時間が取れるからだ。

なのにどうしてこんな面倒に巻き込まれないといけないのか、とりあえず練習時間が惜しい。


「おい鳳、俺らも行くぜ。文句はねぇだろ?」

跡部?だっけ、そいつがそういい長太郎は断れないのか知らないけど私をチラリと見て笑ってごまかした。
いつもの2倍厳しくしよう、今日の練習。


□□□




まず鳳家についておば様に挨拶をしてピアノが置いてある部屋に向かった。
「とりあえず紅茶でも出しますね。」
長太郎がリビングに行こうとした首根っこを捕まえて顎でピアノをさした。

紅茶よりまずピアノの練習をしろ、と
後ろにいるテニス部の何人かはちょっとおびえていた。失礼な人たちだ。
ちなみに跡部はテニス部の部長兼生徒会長らしい。どおりで偉そうなわけだ。


「てめえ、俺様に茶も出させねえつもりか。」
「帰ればいいじゃない。氷帝の吹奏楽部長にはわけわかんないこと言われるし、氷帝ってあなたにしろあの部長にしろ部長クラスになると変なのが多いのね。空気も読めないなんて吃驚するわ。はい長太郎、最初からソレやり直し。」

「自分も十分変わりもんやで。」
めがねの男子がそう言ったので一睨みしたら黙った。


長太郎のおば様が優しいので、私達が行かなくてもわざわざお茶を入れて持ってきてくれた。
私は紅茶が飲めないので、牛乳だ。


牛乳を一口飲んで、楽譜を見ながら長太郎の音を聴くが、やはりなんだか違和感が取れない。
「ここはね、こんな感じ。」

横から手を伸ばして、私はワンフレーズだけ弾くと長太郎もコツがつかめたみたいでスムーズに進んでいった。
今週はもう来れないから完成に近づけるのに夢中で気づいたら8時を回っていた。
ここに来たのは6時過ぎだから結構な時間が経ったのか。

「それで完成よ、忘れないでね。」

ふと視線を感じて後ろを見れば真後ろに跡部が居た。


「おい、お前って言ったな?」
眉間にしわを寄せてなにかを考えているようだ。

「そうだけど、それが何?」
そう言えば跡部は更に私に顔を近づけて、まじまじと見てきたので思わず顔を引いた。
何なの、こいつ。


「なるほどな。思い出したぜ。そりゃあ土浦でもかなわねえわけだ。」
「なんだよ跡部?」

帽子を逆にかぶった男子が一人で勝手に納得し始めた跡部にそう聞く。

「世界三大音楽コンクール、お前全部のコンクールで優勝した前代未聞の中学生と騒がれていた奴あのだな?」

世界三台音楽コンクールとはチャイコフスキー国際コンクール、エリザベート王妃国際音楽コンクール、そしてショパン国際ピアノコンクールのことだ。

「ソレがどうしたの。」
「うちの土浦が悪かったな。おい聞けお前等。このは幼少期から既に世界で活躍する超一流ピアニストだ!」
「違う。」

跡部は無駄に目立つように私のことを紹介したが、間違っていたために即否定した。
ていうかこんなテニス部だらけのところでわざわざポーズ決めるなんて、どれだけナルシストなの?

「アーン?俺様はお前が出たコンクール、見に行ったことあるんだぜ?」
はぁ、とため息を付けば、私の後ろから「違うんですよ跡部さん!」と興奮気味な長太郎が鍵盤にカバーをかけ終わり、ふたを閉めて立ち上がった。
いきなり後ろで声を出されて少しだけ驚いた。

はヴァイオリニストなんですよ!」

はあ?何言ってんだこいつという顔で長太郎をみたので次は私が説明する。

「私が騒がれたのはヴァイオリンとピアノ、両方で出場したからよ。ピアノだけじゃないわ。今は色々な楽器でコンサート開いたりしているし、全ての楽器が大好きだけどいずれはヴァイオリン一本でやっていくつもりよ。」

「へえ、俺もヴァイオリン習ってんねんけど、聴かせてや、いっぺん。その世界レベルの演奏。」

急に立ち上がって跡部の横に来ためがねの男子。ってかよく見たら丸めがねだった・・・いまどき珍しい。
ていうかなんで弾かなくちゃならないわけ?腕を確かめてやるよ的な目で見られるのが本当に不愉快。
「冗談は眼鏡だけにし「はい、!」

冗談は眼鏡だけにしとけば?と言って断るつもりだったが・・・。
いつも長太郎と練習終わりに長太郎のピアノと私のヴァイオリンで一曲演奏してから帰るためにこの部屋にヴァイオリンが置いてある。
それを持ってニコニコして私に渡す長太郎にはどうしても勝てなかった。

長太郎は、私の唯一の幼馴染だ。

父親同士が仲良かった繋がりで、私の影響でピアノを始めた、昔から私の音楽の・・・1番のファンでいてくれた人。
父や母にどれだけお前はダメだ才能が無いと否定され続けても、ずっとの音楽は素晴らしいと笑顔で肯定してくれていた大切な幼馴染。
高見や田垣外は私の過去を教えたから知っているし大事な人には変わらないが、長太郎はそのあらゆる嫌な過去が『現在』だった頃に既に隣に居た、私がこうなった過程をリアルタイムで見てきた唯一の全てにおける最高理解者だ。

ピアノコンクールで優勝したとき、ヴァイオリンでも優勝したとき、一番喜んでくれたのは長太郎だ。
長太郎がどれだけ私の音楽を好きでいてくれてるか知っているから、私とデュオができることにそんな嬉しそうに笑顔を向けられたら、絶対に断れないのである。

「しょうがないな、一曲だけね。そこの丸めがね君、リクエストは?」
ヴァイオリンケースからヴァイオリンを取り出して、チューニングを合わせ、その間に眼鏡君に聞いておく。
「丸めがね君て・・・俺は忍足侑士や、覚えとってな、猫ちゃん。」
「は?猫、ちゃん?」
忍足の気色悪い呼び方に鳥肌が立った。だって猫っぽいやん、とか意味のわからないことを言われたのでその呼び方を止めろといったが本人は不満そうだ。猫ちゃんか子猫ちゃんか知らないけどドラマの見すぎじゃない?今の時代のドラマにも出てこないわ、女を猫呼ばわりする人なんて。

「・・・で?リクエストは。」
愛の挨拶。」
「はぁ?正気で言ってんのそれ?」

愛の挨拶、とはよく電話の保留音などで使われる曲でメロディーがすごく甘い曲だ。
この眼鏡君にも似合わなさ過ぎるというか嫌なギャップを知ってしまった気がする。
もっと愁情漂うような曲が好きそうだと思ったのに。
この忍足って奴、変。

「え、あかん?最近見た映画にそれ流れててん。CMでも流れてて一気に好きなってしもたわー。」

最近の映画で愛の挨拶が使われるような映画って言ったら・・・。

「ほら、あの純愛物のやつ。あれめっちゃよかったわあ。ロマンチックでハンカチ無しには見られへんかってん、ほんでなあ・・・」

その忍足が見たという純愛映画について語りだしてた。男の人のギャップというものは、普段可愛い男子がふと見せる真剣な表情などにときめきを感じて女子が好きになるきっかけになったりもするのだけど、忍足の場合は知らないほうが良いギャップだった。ほら、おかっぱ君も帽子君も引き始めている。
一人ずっと寝てる子いるけど何で来たんだろう?

「え、なんでそんな引いてるん。」

知らない間に私まで怪訝な目で忍足のことを見ていたみたいで、咳払いをしてごまかして目を逸らしてこの部屋の楽譜ばかりを置いている棚から愛の挨拶を探してピアノ伴奏の楽譜を長太郎に渡して自分のを譜面台へ立て、楽器を構えた。

長太郎のピアノ伴奏から始まって、すぐにヴァイオリンがメロディーを奏でる。
この曲は甘くてロマンティックで自然に心が温かくなるような曲だ。確かに純愛映画にはぴったりな曲だと思う。
昔何度か二人で演奏したことあり、久しぶりだったが体や感覚は覚えていたみたいで長太郎の伴奏とはすごく息がぴったりで心地よい。

3分程度の短い曲のためにあっという間に終わってしまった。


拍手が聞こえてきた。
「すっげー!俺音楽とか全然わかんねーけどすげえな!」
おかっぱ君が私の周りでぴょんぴょん跳ねる。

「ほんま、一気にファンなってもうたわ。」
「どーも。」

ヴァイオリンを片付ける。そろそろ帰らないと私自身楽器を触る時間がなくなってしまう。
トランペットにピアノにヴァイオリン、この三つには触っておきたい。
「長太郎、今日は帰る。発表会頑張ってね。」
「おい、。」
トランペットとかばんを持って、空いた食器を部屋から出て行こうとしたら跡部に呼び止められた。
「何?」
「俺様が送って行ってやる。」
「いらない。じゃ、さよなら。」

部屋を出て行こうとしたら右手首をリストバンドの上からつかまれ顔をゆがめた。

「俺様は夜に女を一人で神奈川まで帰らせるような最低な男じゃねーぜ?」
「猫ちゃん諦めえ。跡部むっちゃしつこいで。」

それでも嫌で、走ってでも逃げようとしたのだけど。

「跡部さん!をお願いします!」
「まかせな、鳳。」

無理だった。




□□□



でっかいリムジンの後ろに私と跡部。他の氷帝の人たちは各自帰っていった。
家が近いとかで。

私、きまずいの嫌いなのに跡部なんかと話すことは全く無いし喋り上手でもないから沈黙しかない。
自分の住所だけ告げると、この時間を無駄にはしたくないので頭の中で流れるコンクール曲にあわせて指を動かしていた。
「おい、。」
「・・・何?」
「吹奏楽部にリストバンドは必要なのか?」

リストバンドのことを聞かれ、胸が跳ね上がった気がした。
知り合ったばっかりの人に、こんな私が自傷癖を持ってたり、病んでいるだなんて気づかれてしまえば終わりだ。
普通の人なら気持ち悪がるに決まってる、こんな私のことなんて。

別に仲良くもない、これから先もう会わないであろう人たちだから別にいいけど、いいけど自分を拒絶されるのを見てしまうのは怖い。


「・・・趣味。」
「アーン?」

この話はもう終わり、と言いたげに窓の外を見たとたん、右腕を引っ張られた。
何事かと想い跡部を見れば、長袖をめくってリストバンドに手をかけていて慌てて腕を引っ込めようとしたが、男の人の力には適わないのである。


なにすんの放して!という言葉もむなしくリストバンドはめくられ、その下の・・・長さ10センチのリストバンドで丁度隠せるだけの範囲に傷痕と瘡蓋で少しの隙間もなくぎっしり埋まり、傷の上から更に傷をつけて、最早そこだけ別の何かを貼ったような直視するのも痛々しい真っ赤な部分があらわになった。

私の、心の部分を、こんな奴にいとも簡単に見られてしまった。

「やっぱりな。」

跡部の腕を掴む力が弱まり慌てて腕を隠すように抱きしめた。
「なにが、やっぱりなの、よ。」
「さっき帰ろうとしただろ、そのときに腕を掴んだら顔をしかめたのを見逃さなかった。俺様のインサイトはごまかせねぇよ。」
「・・・。」
「はっ!なんだその目。俺様がお前を気持ち悪いとか思ってそうとでも思ってんのかよ、それくらいで。安心しろ、俺様クラスになると良い意味でなんともねえよ。」

ニヤリと跡部は笑って私の頭に手を置いてくしゃくしゃと頭を撫で、最後にデコピンをして手を放した。
「お前のご家族はどうなんだ、知ってるのか?」
「・・・知らない。」
「誰か知ってる奴はいるのかよ。鳳以外で。」
「・・・うちの副部長二人と、顧問。」

まじかよ少ねえな、と呟いたかと思うと自分のかばんからメモを出し何かを書いて私に渡した。
「これが俺様のケータイの番号とアドレスだ。何かあったらいつでも言って来い。頼れる奴が一人でも多いほうがマシだろ。俺様ほど頼れる男はいねえと思うからな。」

差し出されたメモを受け取った。思ったよりもきれいな字で書かれている。

「・・・頼るって何を?」
「おい、お前本気で言ってるのか?」
「当たり前じゃない。」
「色々あるだろ、話し聞いて欲しいときとか急激に寂しくなったりだとか理由もなく怖くなったりだとか。全部本で読んだだけなんだがな。」

たしかに、ある。急にわけもわからない不安に襲われたり怖くなったり、寂しくって狂いそうだったり、誰に必要とされてのか教えて欲しくなったり、あげていくとキリが無いほどマイナスの感情に支配される。

頼る、って?


「寂しくなったとき、側にいてやるよ。氷帝の奴等連れて全員でパーティーでも開いてやる。」
「いや、そんなの悪いでしょ、馬鹿じゃないの?私がもし誰かに寂しいって言ったとして、それによって相手が面倒くさいとか思うじゃない。私は誰にも頼る気も助けてもらおうとか思う気持ちも一切無いの。大体なんでこんな初対面の私にそうやってやさしくできるわけ?」

「お前に興味があるからだ。」

「興味?」
意味がわからなくて首をかしげた。

「ああそうだ。俺様にたてを付く女、はじめて見た。音楽に関してもプロだ。この俺様に気に入られたんだ光栄に思えよ?」

「変な人、君やっぱり変わってるわね、よく言われない?変人って。」
「アーン?何言ってやがる、俺様より良い男はいねえぜ。お前俺様の女になるか?」
「冗談は性格だけにしてくれるかしら。」
「はっ、つれねえな。」



暫くして、家の近所に着いた。
自宅を教えると勝手にこられそうで怖いからということで少し離れた公園でおろしてもらった。

「わざわざどうも。それでは、さよなら。」
運転手によってドアが開けられ、車から降りて跡部に礼言うと、あぁじゃあな。とだけ返事が返ってきてドアが閉められた。
去ろうとすると車の窓が開いた。

「まあ知り合ったのも何かの縁だ、これからよろしく頼んだぜ?。」

そういうだけ言って去っていった。
少し話しただけだったけど、明らか諦め悪そうな性格だ。
跡部がこれからよろしくとかいった時点で私の未来は穏やかじゃ無さそう。
うちのテニス部にしろ氷帝テニス部にしろ。
テニス部の部長というのは変わった人が多いのかもしれない。

何が変わっているかといえばこの私に構うところだ。
まあ正確に言えばテニス部部長と+αなんだけど。
立海で言うと仁王とか。
他の人は、私が突き放した昨日から一言も話してないし知らない。氷帝のほかの部員だって忍足以外名前すら知らない、


私だってわかってる、幸村にしろ跡部にしろ悪い奴じゃない、と。

跡部なんかは私手首を見ても平気そうだった、むしろ自分を頼れとまで言われた。


だけど、信じるのには怖い。
全部話すのには遠すぎるし、距離が近付いていくのも怖い。
でも向こうは私の気持ちなんて知らずに距離を縮めようとする。柳のいっていたとおり抵抗は無理っぽい。
なるようにしかならないのか、考えるだけ無駄かもしれない。



貰ったメモを見た。
このまま送らなかったら長太郎から無理矢理でも聞きだして電話か買ってくるんじゃないかと思い、送ってもらってありがとう。 とだけ送っておいた。