La campanella はじめまして、吹奏楽部部長のです。現在、吹奏楽部は3年26名、2年60名の合計86名。 この3年間での目立った成績は、吹奏楽コンクール全国大会2年連続金賞、ソロコンテスト全国大会にて1位2名、2位2名、3位1名。地区大会などでの金賞が4名。アンサンブルコンテスト全国大会2年連続金賞という、団体でも個人でもすばらしい結果を残すことができました。 文化部なので地味でか弱いイメージがありますが、意外と体育会系でかなり体力はつきます。なので音楽もスポーツも好きな人にはいいと思うし、クラシックだけではなく流行のJ-POP等も演奏するので楽しいです。 夏合宿、他校との合同練習、高校野球の応援やコンクールや定期演奏会など、たくさんイベントがあるので1年中目標を持って楽しく過ごせます。 口で言うよりも、聴いたほうが早いと思うので今日は先日アンサンブルコンテスト全国大会で金賞を取った金管8重奏のを聴いていただこうと思います。 私が話してる間に他の7人は生徒たちに向かって半円になるようにセットが終わり、楽器を両手に持って胸元におろしていた。 緊張感がまずは私から舞台上に広がり、体育館全体に広がって普通の部活紹介とは思えないピリっとした雰囲気になる。あたりまえだ。観客が要る限り手を抜かない。手を抜いた演奏なんて観客にも、私にも楽器にも音楽にも失礼だ。確かに精神的には今のほうが少しばかり楽だが、コンクールの審査員であろうと中学1年生であろうと関係ない。私たちは音楽に対していつも本気。 目が合う限りメンバーと目を合わせるともう準備はオッケーなようだ。楽器を構えるとそれにあわせてすばやく全員が構え、私を見る。いち、に!という演奏の合図の代わりにトランペットの先を沈めて(いち)上げて(に)音が鳴った。 □□□ 最後の和音もしっかりと決まり、私がトランペットの先で終わりの合図として小さな円を描くようにすると丁度一周描いたところで全員がぴたっと終わった。 一年生や先生たちからは嬉しいことに盛大な拍手が来た。 全員で客席に体を向けて礼をして楽譜やスタンドを持って舞台袖にはけた。 舞台袖にて楽器を直したり色々しているうちにメインの部活紹介が終わってしまって2時間目終了のチャイムも聞こえた。 楽器を音楽室まで上げている暇が無いので、楽器は舞台袖に置かせてもらうことにした。もちろん舞台袖はロックつきで問題は無い。 皆には先に帰ってもらって私は体育館で後片付けをしていた田代先生に鍵を預け、自分も教室にさっさと帰ろうと体育館を出て体育館シューズから上履きに履き替えようとしたらそこには同じく上履きに履き替えている柳がなぜか居た。そして、私に気づいた柳に話しかけられた。 「、先ほどの演奏素晴らしかったな。」 「・・・どうも。」 気づいたら柳まで私の横をあるいているが、今朝の幸村と言い今の柳と言い・・・「どうして私に関わろうとするのだ、とは思う。」 考えていることを当てられてしまい驚いて柳を見ると、いつもの目を細めた状態で私を見下ろし「何故わかる、とは言う」とさらに私の心の中身を当てた。 「これは俺のデータというよりも今朝精市が言っていた。は気にしている、悪気があったわけじゃないと。 そして「昨日のの行動は全員もちろん気にしてないよね?」と。丸井が何か言おうとしたがまず精市には逆らえまい。先に言っておくが俺とて最初から気にしてはいない。」 「・・・幸村が?」 「ああそうだ。丸井はまだまだ子供だから納得がいかないんだろうが、他の皆も全く気にしてない。誰にだって機嫌が悪いときや話しかけて欲しくないときはあるだろう。その時のサインがわかる高見は、昨日追いかけようとした精市を止めた。そのサインを俺らがわかるようになるためにはやはり互いの距離を縮めるしかないな。」 おいおいおい、ちょっとまずいんじゃないの、私。どちらかというとこんな私だからこそ距離をとっていこうと思っていたのに。この柳の話じゃ・・・。 「距離を縮めるとは互いを知り、理解しあい認め合うことだ。精市は結構しつこいのでな、ちょっとのことではお前と仲良くなることを諦めないみたぞ。 むしろ昨日のことで高見に対してのライバル心を燃やしている。だから、お前も精市や仁王・・・我がテニス部と距離をとろうとするのは諦めてたほうが良いと思うぞ。精市が居る限りお前の抵抗なんて100%無駄だ。」 幸村のしつこさはもうすでに知っているし、冷たい態度だってこの人たちはきにしていないという。どうしてそこまで執着するのか、やはり興味から来たのだろうか?私が文化部1の部活の部長だから?変わっているから?あ、もう面倒くさい。挙句の果てに距離をとっても無駄だなんて。なんだか抵抗する気もうせたというか面倒くさい。 「はあ、もう好きにすれば良いよ。」 諦め半分面倒くさい半分でそういうと柳は眉を寄せた。なんだこの表情と疑問に思っていると、「予想外だ。」と声がした。私なんて新学期になってから予想外のことしかおきていない。 「俺のデータによるとは『放っておいて』というはずだった。ふむ、仁王や精市が珍しく女子に興味を持つのでな、お前のことは大まかには知っていたが初めて会うタイプの人間で具体的にどのような人間か気になっていたところだ。俺も興味を持つことにしよう。」 データ男にまで目を付けられたが、言動までデータに取られるってこれは私の個人情報どうなってるの?ここまで調べられたら・・・私のことはどこまで知っているの?病気は?家庭環境は? この様子じゃまだ知らない?何も知らないテニス部は知らないからこそ私に興味を持つんだ。もし、知ってしまったら私と距離を置くに決まってる。普通じゃない人を気味悪がるのが人間の習性でしょう。それなら最初から仲良くしなくたっていい。けれど距離をとろうとすれば理由を聞かれ、それをはぐらかすほうがもっと面倒くさい。 「おい、聞いているのか?」 ふと聞こえた柳の声で我に返った。どうやら考え込んでしまっていたみたい。 「ごめん、考え事。で、何?」 「一つ聞きたいことがあってな、データについてすこしわからないことがある。」 何?と聞くと柳はペラペラとノートをめくって私のデータと思われるものを探しているみたい。 一体何を聞かれるのか少し緊張する。今度こそ家族のこととか?それを聞かれたら私は答えられないし、答えたところで彼らは離れていく。変な同情をされるかもしれない。ならその分仲良くなるのって無駄だと思うのに。だから私は必要以上に他人には近づこうとは思わない。 「あったぞ、の好みの男性・・・黄色くない人というのは何だ?」 思ってもみない質問にわたしはポカーンとする。たしかにそのデータはあっている。吹奏楽部でご飯を食べたときに好きな異性のタイプの話になったことがある。私はそんなもの無いと言っていたが、あえていうならとしつこく言われて黄色くない人と答えたことがある。 みんなか何それと聞かれたが、それ以上は語らなかった。だが、なんで柳がそんなことを知っているのかが一番の問題。 「な、」 「なんで知ってる、とお前は言う。だが答えられないな、秘密だ。」 「・・・あんた、変わってるわね。」 「お前にだけには言われたくないな。」 自然と私の顔が歪んだ。 「イラってきたから教えない。」 そういうって3年のA〜Eの前半クラスの階まで来たので柳を放置してさっさと教室に戻ろうとしたが、あることを思い出して階段に体を向けている柳の腕を引いた。 「一つ教えて欲しいことがあるんだけど。」 「そうか、なら交換条件だ。何との交換かはわかるな?」 私は腕から手を離し、柳はこっちに向き直した。交換条件とは、柳の質問に答えると私の質問にも答えてくれるというものだろう。もし違うなら一生テニス部とは話してやらないつもりだが、きっとこの男はそんな性格悪くない。多分。 私は一度ため息をついて、先ほどの「黄色い男性」について話すことにした。 「黄色っていうのは人の色。」 「それはつまり黄色人種か?」 「違う。共感覚って知ってる?」 「ああ、音や味や形に色を感じたりする知覚現象か?」 と柳の言葉に頷く。 私には小さい頃から物、文字、人、味、音などに色を感じることができる。そしてここ14年間と少し生きてきたが、どうも黄色を感じる人とは合わないことがわかった。人から黄色を感じるというか黄色っぽいというか黄色が似合うというか、黄色のオーラというか・・・説明が上手くできない。私の両親は黄色だった。嫌なくらい綺麗な黄色。 「黄色を感じる人はたぶん無理。気が全くあわないわ。ちなみに名前にもちゃんと色があってこれは親が黄色のことが多いの。人も名前も黄色の人は関わろうとも思わない。私だって、名前だけは黄色。」 柳ははじめて聞くような話だったせいなのか真剣にノートに書き込み始めた。絶対音感だって共感覚だって似たようなものだから、これについては話すことに全然躊躇いを感じないが基本的に誰にもわかってもらえない。 「ちなみに聞くが、俺は何色だ?」 「黄緑。でも緑のほうが強い。」 「ほう、ならば他のレギュラー陣はどうだ?」 「幸村とはスカイブルー、仁王はターコイズ。真田は赤。あとは顔がぼんやりしか出てこないし名前の漢字がわからない。」 なるほど、といいまたノートに書き込む。 「で、こっちの質問もいい?」 「ああ。」 「ねえ、私って周りから吹奏楽部の音楽オタク部長って思われてる?」 「・・・は?」 □□□ 「おう、。遅かったな!」 「え・・・あ、うん、話し込んでた。」 3時間目開始チャイムギリギリで教室に戻ると隣の席の久保山が話しかけてきた。話しかけられることが予想外だったので少し言葉が詰まった。 よく顔を見てみると彼は野球部のキャプテンだった。グラウンドを使わせてもらうときに許可を貰いに行ったのはこの人だったと思う。本当にこのクラスは部長キャプテンが多いのかもしれない。ちなみにこの時間もHR。 今からは席替え委員会や係りを決めるためのHR。 ちなみに柳にはきいた瞬間開眼されてそのあと笑われた。ツボにはまったらしい。 「まさか他人なんてどうでもよさそうなが周りからの評判なんて気にしているなんてな、予想外だった。」と。 他人なんてどうでもいい。仲間や友達と認めていない人や知らない人が泣こうと苦しもうと私はどうだっていい。私には全く関係ないのだから。それにどう思われていようと私には関係ないが、一応気になる。気になるだけだ。これは音楽家として自分の演奏や作曲の評価を聞くのと同じ、という人間の評価を聞かせて欲しいだけ。聞いたからといってどうも思わないが病気のせいか負の感情を持つ視線は怖い。(もちろん気にしてはいけないと思い込むようにしている。) 笑っている柳を不機嫌な気分で見ているとノートをペラペラめくり、一人なるほどな、と呟いた。 「安心しろ、誰もお前を音楽オタクだとは思っちゃいない。」 「じゃあ何?」 「喜べ。細くて羨ましい・音楽好き・去年の合唱コンクールの時のピアノが上手かった・クールで大人・吹奏楽部の男子は大人っぽくてかっこいいのはの影響?・あの人数まとめてるの凄い・一度話してみたい。らしい。」 「え、そんなけ?」 意外と少なく、しかも悪い意見が一つもないことに吃驚した。愛想も愛嬌も何も無い私だから、変だとか言われるかと思ったのに。 「ああ、他は似たり寄ったりのデータしか取れなかった。結構周囲はに話しかけてみたいらしい。結構皆に興味持っているようだな。悪い噂は一つも聞かなかったぞ。どうだ?やはり少し近寄りがたいようなのでな、もう少し笑顔振りまいてみるのも良いのではないか?」 「・・・私がそんなキャラみたいに見えるかしら。」 「見えないな。」 「私をからかっているの?別に近寄ってもらわなくたって良いもの。」 そういって今度こそ教室に戻ろうと柳に背を向けた。 「ちなみに吹奏楽部員からのの評判は、頼れるし尊敬できる姉のよう、と口をそろえて言っていた。吹奏楽部からは絶大な信頼を得ているようだな。」 それをきき、私は一度足を止めて顔だけ少し振り返って目をあわさずに「ありがとう。」と良い、ついにチャイムがなってしまったので教室へ急いだ。柳のクラスは階段を登ってすぐなので遅刻はしないだろう。むしろ私のほうが遅刻しそうだった。 「なあさっきのプロフィール書けた?」 「え、うん。」 なんだこの久保山。 私はほとんどポーカーフェイスで笑うことがそんなに無い。1年2年と吹奏楽部以外で友達は居なかったタイプの私になぜか普通に話しかけてくる。でも、私が口数少ないからきっと諦めてくるだろう。 私の机の上のプロフィールを勝手に奪い取ってまじまじと見る。 「え、はこれで提出?」 「そうだけど。」 私が書いたプロフィールは名前、生年月日、血液型、趣味一言以外は空白だ。家族構成なんて知ってどうするのか。柳蓮ニのデータに載るしか活用なんて無い。 「はは!お前って面白いな!」 裏表の無さそうな笑顔でそういってくる。なに、この人天然なの?それともおかしいのか、ものすごい性格良い奴かのどれかよね。 とりあえず話してるのが面倒くさくなって黒板を見つめた。先に委員会を決めるらしい。できれば面倒くさくない奴がいい。田垣外はどれにするんだろう?と思ってチラ見するとコンクールの楽譜を見て手首をなんとなく動かし、トロンボーンのイメトレしていた。 今の実力を見る限り、今年の3年は全員星組間違いないだろう。去年までは人数が少なくてオーディションは当時の2,3年だけでは編成的に足りないパートを1年からオーディションで決めただけだったけど今年は足りないんじゃなくて大人数だからな・・・。 3年は受かってもらわないと困るけどその分2年が60人以上居る。半数以上が落ちるわけでちょっと酷だ。 結局私は音楽係だ。音楽が関わるなら面倒くさい事だって全然面倒くさくない、私にはもってこいの係だと思う。係は委員会と違い、合唱コンクールや音楽の授業で先生を手伝ったり次の授業の持ち物などを聞きに行ったりする係だ。委員会にはいるには時間をとられるのが嫌いだから放課後に関係ない係が丁度いい。田垣外は美術係。 次は席替えだが、席なんて誰の横になってもどうせ話さないしどうでもよかったのだが、見事に一番後ろの窓側の席になった。隣は幸村、前は田垣外だ。 「ふふっ、と隣なんてうれしいな。よろしくね。」といわれ引きつった顔で無言。 もしかするとこんなことなってしまったりして、と少し思っていたのだが、悪い予感ほど良く当たるというだけあってそのとおりになった。 田垣外が喜んでくれたのは私もうれしいけど、幸村に喜ばれても全く嬉しくないという現実だ。誤解はもう解けたのだから、仲良くする必要は基本的に無い。自分に負がある時こそ気になるが無くなればどうでも良いというのが私だ。 この席で暫く過ごすと思ったら先が思いやられる。授業中、静かに過ごせますように。 今日も3時間しか授業が無く全部ホームルームに終わってしまった。 「そうだ、いつ部活遊びに行っていいんだい?」 早速音楽室に行こうとしたら幸村がそう言い、一昨日言ってた楽器を触ってみたいといわれた話を思い出した。てっきり忘れていると思ったのに。 あの場ではああ言ってたけど本当は別に興味が無いと思ってたのにどうやら本気みたいだった。こうやって音楽や楽器に興味を持ってもらうことは凄くうれしいから、拒否なんて当然しない。人としてまだ苦手意識があるけれど、それとこれとは別だ。音楽に関わればどんな人でも快く受け入れるのが私のポリシー。 私は考え込んだ。平日は基本的にダメだ。時間が無い。そうなると休日の部活終わり? 「テニス部の休日の練習ってどうなってるの。」 「土曜は高等部と練習で、日曜は第2第4以外は休みだよ。そっちはどうなんだい?」 「今は平日は7時まで練習、土曜は通常5時まで。日曜の午後まで。」 「じゃあさ、今週の日曜うちで他校と練習試合で午前までだからそんな遅くならないと思うんだ、それが終わってから行ってもいいかな?」 土曜の5時以降、なら問題ないので快諾した。 「多分レギュラー全員でおじゃまするよ。」 「・・・レギュラーって何人?」 「俺を入れて8人だよ、ほら前にご飯食べに行ったメンバー全員。・・・大丈夫かい?」 「えぇ、問題ないわ。」 またその日になったら連絡したいしメールアドレスと電話番号を教えてといわれた。あまり気がむかなかったが、楽器を触りたいというのだから仕方が無い。楽器のよさを知ってほしいという気持ちが勝ってしまった。 □□□ 音楽室に着いたが、部活見学者も2,3年もほとんど揃っていなく、ちょうどいた友沢に話しかけた。 「今揃ってるのってまだこれだけ?」 「せやで!」 「そう、じゃあ部活紹介の時の楽器まだ上あげてないの。置いておくの心配だからアンサンブルメンバーで先に運ぶわ。戻ってくるまでに部活見学者がきたら希望楽器聞いておいて。」 「うん、わかった!」 携帯を片手にアンサンブルメンバーに直接体育館に来るようにメールを入れておき、私は先生に鍵を貰い先に体育館へ向かって運ぶ準備をした。 チューバなど重たい楽器はエレベータに積み込み手で持てる楽器は全て自分で持っていく。音楽室へ向かおうとしたとき、ポケットで携帯が振るえて開くと友沢から着信だ。 私は部活中に携帯を使うときは緊急事態の時だけだと決めているので、こんな普通の日に何かと思い出ると、もしもしと言う前に情けない友沢の声が聞こえた。 「〜、早く音楽室来て!」 「どうしたの。」 「いいから!大変やねん!」 一方的にそういわれ、私の返事すら待たずに電話を切られた。とりあえず私もエレベータに乗せてもらい、最上階に着いた。ドアが開いてそこに待っていた荷物を降ろす担当のユーフォニウムの男子にあとを任せてすこし早歩きで音楽室の近くまで近付くと、扉のすぐ向こうに人が居ることや、少し声がにぎやかに聞こえるので扉を開けるのが少しいやになる。 音楽室の正面扉から入るのは難しそうなので、一旦部室に入り楽器とかばんを置いておくの扉から音楽室へと入った、が。 「ちょっと、遅い!」 なみだ目で私に近寄る友沢なんて視界にあまり入らないほどの大量の1年生で、さすがの私まで思考回路が停止した。 「おい、これどうする。」 頭を抱えながら私を呼ぶ高見がいて、そうこうしてるうちにアンサンブルメンバーも戻ってきて私と同じように固まった。 ざっと見ただけで90人はいると思われる1年生。音楽室がぎゅうぎゅうでもし全員入部したとしたら間違いなく音楽室は使えない。 一つ上の先輩が11人、私たちが26人後輩が60人の時で既にぎゅうぎゅうだったというのに。 「まずいわね、すっかり人数の事考えるの忘れてたわ。」 田代先生に相談しよう。 「皆、一回静かにしようか。」 1年は人数が多いのと見学で浮かれているのとでざわざわとうるさかったのでそう言ったのだが、私がもともと声を荒げたりしないのでやはり聞こえてないみたいだ。 ていうかこの1年集団の前で言ってるのに聞こえないってどういうこと? 横に居た高見が思い切り咳払いしてやっと静かになっていき、やっと静かになり、私は私の真前の生徒を無表情で見た。 「ねえ、あなた私が静かにしましょうって言ったとき目が合ったはずなのにどうして話続けたの?」 「え、あの、その・・・。」 私の無表情には言い返せないのか、黙り込んでしまった。 「まあいいわ。とりあえず私が部長のです。今日は我が吹奏楽部へと見学に来ていただき、本当にありがとう。今日は1日吹奏楽部員として部長の私のいうことをしっかり聞いて守ってください。それができない人はまず吹奏楽部に入れません。部活中は全部員全て私に従ってもらうことがルールです。 それが嫌な人は今すぐに帰ってください。」 そういうと誰も帰ろうとしなかったので友沢に顔を向けた。 「友沢、これはどういう並び?」 「希望楽器名あいうえお順!楽器経験者20人丁度やったで!」 「ありがとう。じゃあ各パートリーダーは楽器と見学者連れて、昨日決めた各教室の鍵を指揮台の上に置いとくので取って行ってください。楽器未経験者は色々な楽器に回れるよう指示してあげてください。経験者で楽器パート継続の人はそのままでいいです。12時半まで時間をとります。」 元気のいい部員の返事が聞こえ、私も自分の楽器ではなく、元から置いてあるトランペットを楽器をケースから取り出して鍵を取り、3・2年、そしてトランペット希望者・・・10人を率いて、機能割り当てた教室へと向かった。私の楽器は誰にも触らせたくない。 私はトランペットと譜面台やファイルを持って先に教室へ向かい、他の2・3年が見学者の緊張をほぐすように話しかけたりしている。 ちなみにと未経験者を教えるのは私だ。基礎を1から教えるのは、私には得意の仕事だ。得意でなければ今頃立海吹奏楽部は廃部になっているだろう。 経験者グループから聞こえてくる音色はやはり小学生の頃からやってるだけあって、立海吹奏楽オリジナルの基礎練習なんかも少し練習しただけでふけるようにもなっていた。音も安定はしてるが、まあ所詮小学生のレベルと中学校・・・ましてや立海とは比べ物にならないし入部したら経験未経験関係なく鍛える。私が引退したって卒業したって安心だと思えるまで。ま、とりあえずこの夏のコンクールオーディションは1年不参加にしようかな。 さすがにこの短時間で70人近くも見てたら疲れた。次から次へとやってくる1年に、楽器の持ち方など何度も何度も説明した。まあね、楽しそうに楽器を吹く姿に疲れなんて吹っ飛ぶんだけど。 全員が回りきった時点で12時過ぎだったので音楽室に戻ることにした。 音楽室はやはりぎゅうぎゅうで、人酔いしそう。この立海大付属の中で一番人口密度多いのはここだろう。もしここに居る全員が入部したら部室をどうにかしなければならない。 先ほどと同じように見学者に並ばせて、とりあえず入部届けを渡す。 「入部するって人はこの紙に名前、クラスなどを書いて今週中に放課後の音楽室に持ってきてください。今書いて出して帰ってもいいです。今日は楽器に触ってもらうだけでしたが、毎日基礎練習に1時間半の体力づくりがあります。グラウンド20周、もしくは学校の外周8周・・・8kmくらいです。そして腕立腹筋バービースクワットを毎日します。私たちは練習も優先なので平日の授業があるときはその半分くらい一緒に走ります。サボれません。」 そういうと顔を真っ青にする生徒がたくさん居た。これは入部前に言っておかないと入ってから後悔さする人が居るかもしれない。この体力づくりは運動嫌いには地獄だけれど、それを踏まえて入部してもらわないと困る。 「最初から完璧にできるはずはないので、最初からそれだけしろとは言いません。1時間半の間で全力でやっていただければそのうち体力がついていきます。」といえば少し皆ホッとした様だ。 他にも星組と花組の説明や、1年生が参加する1年間のスケジュールをざっと話して今日は終わった。 詳しいことは入部後でいいだろう。とりあえず今日の体験入部は終了。 □□□ 1年が全員帰ってすぐに昼食の時間を取った。ちなみに今日の時点での入部者は75人だ。 昼食は基本どこで食べてもいいが、3年は数名必ず音楽室に残ることとなっている。たまに屋上へいったりもするが基本全員面倒くさいし全員仲良いので音楽室から動かない。楽器を置いているところでの昼食は踏む可能性があるので基本禁止。ということで私たち3年はいつも黒板の前のところに敷いてある木の台の上やそれを机代わりにしたり、まあ人数的な問題ではみ出す人も居るが、音楽室はカーペットなので問題なし。 私はやはり昼食は取らないでおこうと思ったのだけど同じ3年に見つかってしまい、当麻(パーカッション)のコンビニのサラダを押し付けられて強制的に頂くことになってしまった。 今日の朝、田垣外にいつでもリクエストしてと言ったのが広まったのかサラダを食べ終えるとすぐにリクエストがきた。 「なんか高級料理店で弁当食ってるみたい。」といわれ、テンションが少しあがり結局一曲だけではなく、全員が食べ終わるまで弾いてしまったのである。 食べ終わってから、私は入部届けを職員室へ持って行ったり高等部の職員室に高等部の吹奏楽部のコンクール自由曲を持っていったりなど、用事があるので皆が喋っている輪から外れた。 なれなくて苦手な高等部の職員室から戻り、次は行きなれた中等部の職員室に向かう途中で、前から良く知った人物が歩いてくるのがわかった。向こうは私を見た瞬間にウェルカムな笑顔に変えて「さん、こんにちは」と、私に向かってきた。 「どうも。」 柳生には全く警戒心は無い。一番話しやすいというか、一見いい人だけれど少しクセがある。だが、そのクセなど気にならないほどこの男は本当に優しくまじめな紳士だというのに・・・どうして仁王のような曲者と親友なのか良くわからない。 「吹奏楽部の見学者はどうですか?」 「約90人くらいよ。」 そういうと人数の多さに驚いた顔をした。私だって数を見て驚いたのだから当たり前というか。 「そっちは?」 「こちらは50人程度ですが・・・実際暫くしたらきっと半分に減ると思います。」 「思ったよりきついって良く聞くしね。」 そういうと柳生は苦笑した。去年の入部者は半数以下にまで減ったと聞いたことがある。私の部もそんな風にはならなければいいなと思った。 「そういえば今日は珍しいわね、いつも横に仁王居るのに。」 「その仁王君を探しているのですよ。見かけませんでしたか?急に居なくなって困ってるんですよ。裏庭も屋上も思い当たるところには全て行ってみたのですが・・・。」 「ごめんなさい、私は見てないわ、もし見かけたらすぐに戻るように言っておく。」 「お願いしてもよろしいでしょうか、本当すみません。それでは部活がんばってください。」 軽く頭を下げて仁王を探しに行った。苦労者だな、彼は。仕方ない、彼のために一肌脱いであげよう。 小さくため息をついて職員室に入ると、淹れたてのコーヒーを持って歩いていた。 「先生、今日集まった入部届けです。」 「うわー、今日だけでこれか?すげえなあ。がんばれよー。」 束を見るなり他人事のように驚く先生に「来年から吹奏楽部まとめるの先生ですからね、しっかりしてください。」という。 「あと、この入部届けがあった時点で音楽室がぎゅうぎゅうすぎて使えません。たしか4号館はどこの部活も使っていないみたいなのでできればそこに移りたいんですが。」 「へいへい、確認とってまた報告するわー。」 お願いします、と良い職員室を出た。 田代先生はいつだってこんな適当な口調だが、やるときはものすごく仕事が速く、音楽に関しては実はものすごい能力を秘めているのではないかと私は思っている。 コンクールの練習の時だって、口調さえかわらないが教え方を見ていると凄く効率が良く、的確で感心する。 口調さえどうにかしてもらえたらありがたいのだけれど。 さてと、音楽室に戻ってアップを始めよう、と思ったのだが厄介ごとが一つ増えてしまったために音楽室横の非常階段へ向かう。 音楽室横の非常階段を降りると裏庭に繋がるのだが、よくパート練習で裏庭に行く。 柳生たちはまだ知らないと思うが・・・仁王が2階や3階あたりでサボっていることがある。 もう音楽室から数種類だけ音が聴こえてきているので、何人かは練習を始めているのだろう。一度部室でトランペットを出して、音楽室の3年に「非常階段行ってくる。」とだけ伝えそのまま非常階段へのドアをガチャリとあけて3階まで降りてみれば、階段に座って足音が聞こえたのかこちらを振り向いている仁王と目が合い、私ということがわかり安心したのか、ほっと一息ついた。 「仁王、柳生が探してる。」 「まだ戻りたくなか。もうちょいここにおる。」 わがままな子供を持った気分だ。膝を抱えてここから一歩も動かないとでもいいたいのだろうか。一見クールで近寄りがたいこの男も話してみれば実際まだまだ子供っぽい。私を母親と勘違いしていないだろうか。仕方なく私もその隣に腰を下ろした。 バズィングでマウスピースを少し温め唇を慣らして、楽器にマウスピースを入れた。 ドレミファソラシドーとか良く使う調の音階を適当に鳴らし、簡単なリップスラーで最低限唇を柔らかくして「この場のため」のウォーミングアップが終わった。本来ならここからロングトーンなど基礎中の基礎練習をするのをして本格的ウォーミングアップ完了なのだが今はまだ休憩時間なのでまあいいか。 立ち上がって少し非常階段の踊り場から音楽室を覗くと音楽室の窓を開けて外に音を飛ばしていた田垣外を見つけたので声をかけた。 「田垣外、そこ3年全員いる?」 「あ、うーんとね、・・・居るよ!」 音楽室を振り返って数を確認してそう言う。 「練習時間まで少し時間あるし、久しぶりに『26』吹いてみない?」 私がそういうと田垣外の表情がぱあっと明るくなって音楽室の3年に呼びかけている声が聞こえた。 「おい、、」と後ろで仁王の声が聞こえたので彼のほうを振り向いた。 「今この曲練習して無いから多少のミスは許しなさいよ。」というと仁王は「なんのことじゃ?」と首かしげた。 「黙ってそこに座ってて。」 そういうと、少し拗ねたように唇を尖らせてこっちを見てきたので目を逸らした。 『26』とは。 2年生のとき、先輩の卒業式前日に吹奏楽部の3年の先輩に感謝を込めて「サヨナラコンサート」を開いた。音楽室にお世話になった3年生全員をサプライズで呼び、数曲演奏して贈り物などを渡したりしたのだ。 そのときの曲の一つにこのジャズの曲があった。これは私たちの学年26人全員で作曲して吹いた思い出の曲だ。その曲のタイトルが『26』で、名づけたのはパーカッションの男子だ。皆で普通すぎる!と反対していたのだがタイトルを変えようとしない彼に諦めてこのタイトルで決定した。なんだかんだいって皆このタイトルで愛着がわいている。合作はこれが始めてということもあり皆がこの曲を気に入っていて熱心に練習したのだが、結局当日涙もろい子なんかは泣きすぎて全体的にヘナヘナになってしまった。それが逆に心地よかった記憶がある。 パート練習では大体裏庭にいる私たちトランペットがその曲を練習し始めてから仁王が非常階段でサボるようになったことも、この曲が終わると練習に戻っていくことも私は知っていた。 非常階段にわざわざ登るのも、聴いてるときに連れ戻されたく無いから隠れていたということもだ。だから私は柳生に非常階段が仁王のサボり場所であることも伝えなかった。 コンサート終了後、練習しなくなったのを知ったのか「なあ、あのジャズもうやらんの?」と聞いてきていたあたり、仁王はあの曲を気に入ってたのだろう。ただ残念なのは、仁王が聴いて気に入ったのはパート練習で吹いていたトランペットパートオンリーの部分。1パートなんて曲のほんの一部分なのだ。 吹奏楽部の合奏時間は部活終了直前なので仁王は既に部活に戻っており聴く機会が全く無かった。 あれから仁王は頻繁に練習を聴きにこの階段にやってくるが、今日はまだ部活見学だけで練習も何もしていない。それが不満なのか何か聞いて戻りたいのかなかなか戻ろうとしない仁王に、柳生が可哀相だから早く戻れという気持ちと私の気まぐれとをあわせた、ほんの少しサービスだ。あの曲を気に入ってくれる仁王に、トランペットだけの1部分だけでは無くて26人全員での完成版の本当の『26』を聴かせてあげたいと思っていたので、今が絶好のチャンスだ。 「ちゃん、全員準備完了だよ!」 「OK、私ここからあわせる。」 「了解〜。」 私は一度唇を震わせると、すぐにドラムスティックがカチカチと聴こえてきて音楽室方向へ楽器を向けて構えた。 「いち、に!」という声にあわせて息を吸い、パァン!と音を鳴らす。 これがこの曲の始まり方だ。 私は少し皆と離れていたのだけど、窓が開いているお陰で結構近くに感じることができて凄く心地の良い合奏になる。 最後まで上手く決まると、音楽室の中にいる3年と目が合い、最高だった、といいたげにニヤリと笑われたので、フッと笑みを返しておいた。私だって最高だった、ということくらいは伝わるだろう。 「、いまのん!」 「どうだった?」 私がそういうと仁王は「最高じゃ!」と目を輝かせた。 「これ、俺の好きな曲ナリ!ずっとトランペットのんしか聴いたこと無かったからずっと聴いてみたかったんじゃ!」 仁王が立ち上がりうれしそうに私の頭を犬を撫でるみたいにわしゃわしゃと撫でた。喜んでもらえたなら私は凄くうれしいけど髪の毛がぐちゃぐちゃになるのがいやなので腕を掴んで頭から退けた。 「犬扱いしないでよ。で、どう、満足?」 「当たり前ナリ!ありがとな!お前のそういうとこほんま好きじゃ!」 「はいはい、わかったから部活戻りなさい。」 「わかったぜよ!」 すっかり機嫌が良くなったのか、階段を軽やかに下りていき鼻歌を歌いながらテニスコートへ戻っていくのを確認した後、私も音楽室へ戻り練習に取り掛かる準備をはじめた。 → アンケート協力お願いします! |