La campanella





「今日が入学式ってことは部活の見学って今日からだっけ?」

グランドを走り終え、腕立腹筋などもやりおわり、軽いストレッチをしながら、私の真後ろを走っていて同じく終わってストレッチをしていた副部長二人に話しかける。高見と田垣外だ。

田垣外はいつも私の真後ろを走っていたのだが、高見はいつもランニングの時には、へばっている後輩に喝を入れるために最後尾に居るが、今日はその役は他の3年男子に任せ、いつも先頭を走る私の真後ろについていた。
それは、こうやって余った時間に今日の部活のことについて話し合おうと思ったからだ。


「あぁ、だから1年がHR終わるまでに基礎まで終わらせておくほうが良いな。」

2,3年は入学式が終わり次第解散だが、1年は入学式初日ということもあって教科書の配布やLHRなどがあり、私たちよりも終わるのが1時間半ほど遅い。
ただし、今日は1年は親が来ているので見学していく人たちは少ないけれど、本格的に部活をしようとしている人たちは今日からでも部活見学に来るはず。

「なるほどね。」

そう言い、グラウンドをチラ見すると疲れからかリズムについていけてない人を見つけ、持っていたクリアファイルを丸めて注意を促すよう若干大声で叫ぶ。

「あと3分以内に走り終わらない人部室清掃一週間ペナルティ!」



それが聞こえたのか一番後ろの3年男子が「おら!がスピード上げろってよ!」と言えば皆のペースが極端に上がったが、ゴール直前でその3年は一気にスピードを上げてペナルティを免れ、もともとプラス10週だった島尾が走りきれなかったのはいうまでも無い。







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予定したとおりに基礎練習も終わり、目の下にクマを作った島尾が昨日与えた課題(自由曲の楽譜写し)が私の手元に戻ってきたので、音楽準備室で全て印刷し全員に配った。そしていつものように、ミーティングや何か言う時の私の定位置である指揮台に上がり説明を始める。

「これは各自サラってください。私がいちいち吹かなくても皆さんなら大丈夫と思うので。あと、今日から新入生たちが部活見学に来るので、決して不真面目な態度は取らないよう気をつけること。各パートリーダーはM8の楽譜全部準備しておいてね。ある程度全曲ふけるように目を通すこと。見学が落ち着いたら昼食で、1時からパート練習、5時から合奏、6時に終了予定です。休憩は各パートごとでとってください。以上」

M8・・・エムパチとは日本中の吹奏楽部に欠かせないミュージックエイトという楽譜メーカーの楽譜で、J-POPやアニソン、洋楽やCMの曲など誰でも知ってるような人気の曲を吹奏楽用にアレンジして豊富に売っている。しかも殆どの曲が簡単なのであっというまに完璧に吹けてしまうし、なおかつ誰もが知っている曲ばかりなので文化祭などにはもってこいの万能楽譜メーカーなのだ。

なんでM8なんですか?と2年に問われたので答える。

「やっぱ吹奏楽初心者も見に来るだろうし、コンクール用のバリバリクラシックな曲吹くより、皆知ってる曲のほうが良いでしょう。1年に選んでもらうつもりだしランダムに選曲されるから心構えだけはしておいてね。」

後輩は、なるほどなという顔で頷き私に礼を言い、私はもう一度全員に、全部一通り見るだけで良いっていうよりもこれくらい初見でふけないと話にならないよー、と言った。

「見学者に立ち見させるのもちょっと失礼よね・・・。」と、真正面に居るクラリネットのパートリーダーである友沢に問いかけた。
「せやな!指揮台の後ろスペースあるし椅子並べて座ってもろたら?今日やったらそんな人こやんやろ。」
大阪出身なだけあって独特のイントネーションな声が響き、その意見に頷くと島尾と目を合わせた。見られた島尾は目が合ったことに一瞬吃驚してたが大体言われる内容はわかってるらしく、言う前から下にトランペットを置いた。

「さっきのランニング最下位から5人、椅子指揮台の後ろに出せるだけ出しておいて。」
そういうと島尾はやっぱりかという顔で席から立った。



時刻は11時を回ったところで、廊下に出て耳を澄ますとさっきまで聞こえなかったさまざまな声や足音が聞こえてくる。

「皆、1年のホームルームが終わったよ。後輩にナメられないようにしっかりしてね。」
というと、元気の良い返事が聞こえたといころで私も自分の席に戻ってM8の楽譜の束を手にとり、タイトルだけでも確認しておいた。

今年の新入部員は何人くらい集まるだろうか。去年の新入部員数は63人。ちなみに退部者は0だ。初心者もそうじゃない人も、ここに入ると練習はきついけど達成感や音楽に魅了されていく。

今年も新入生全員で50人くれば良いところだろうか。私が自ら地方に出向いてコンクールを見に行き、音を聞分けて良い人材を見つけてその小学校に行って直接来てみないかと誘った。

ちなみに全国区の吹奏楽部や鼓笛隊をもつ小学校の先生は私のことを知っているから、小学校まで押しかけて練習を見に行くのはたやすい。

何故私のことを知っているかというと、私が海外では有名だからだ。

小学生やそれ以下のときには全世界含むあらゆる音楽系コンクールのジュニア部門でピアノとヴァイオリンで一通り優勝している。この春休みだってウィーンでコンサートを開いたし(満員御礼)、海外ではCDも出ているし(クラシック部門1位感謝)、世界最高峰のコンクールで優勝したときはさすがに日本のテレビにも出た。

クラシック界では有名な雑誌にも何度も載ったし、母が世界的に活躍するバイオリニストということも手伝ってか、吹奏楽に携わる日本の指導者側の人間や、プロや、マニア。大人ではなくとも熱狂的なクラシックマニア、吹奏楽オタクたちはそういう全世界のクラシック・吹奏楽情報に鋭いので、ほとんどは私のことを知っている。

知らない人や興味ない人にはコンクール優勝やコンサート、CD・雑誌のことも知らないであろうから普段から休憩時間楽譜とにらめっこしている私の印象はきっと「音楽オタク」「立海大吹奏楽部部長」にしかすぎない。多分だけど。


つまり…私は、あれ、ちょっとまって…普通の人から見れば吹奏楽部の音楽オタク部長なのだろうか・・・。




まあいいや。
私が勧誘したところで学費や受験の免除がされるわけでもないが、せっかく音楽の才能があるのだから、いまや日本の中学吹奏楽のトップに近いと言っても過言ではない立海大吹奏楽部で、もっと才能を磨き実力発揮して、全国で金賞受賞するための一員になれれば最高だと思う。特に音楽関係の道に進みたい人はお勧めするかも。部長はこの私なんだもの。損は絶対にない。



私は構わず今度のコンクールの曲を練習しているとちらほらと新入生(+保護者)が入ってきた。床にトランペットを置き、M8の楽譜の束を持って1年達のところへ行き「見学はこちらへどうぞ」と声をかけて椅子を出してあるところへ座ってもらうように促した。
今日は新入生25人の見学だったが、入学式当日ということで人数的にはこんなものだと思う。部活紹介もしていないのにわざわざ今日なんかに来た子達はきっと他の部なんて眼中に無い吹奏楽一本の子達だと思う。あとは明日の部活紹介で一気に引き込む。

2年は初めての後輩ということと、1年の緊張がうつったのか少し音楽室がピリピリしてきた。

「初日ということで、聴きやすそうな歌謡曲を5曲聴いてもらおうと思います。お聴き苦しいところもあると思いますが、そこはご容赦ください。」

そう言い、1番〜5番目に入ってきた1年のところへ行き、楽譜の束を裏向けて好きな楽譜を一枚ずつ引いてもらった。この5曲が今から吹く、1年に聞いてもらう曲だ。その場で全ての曲目を告げると皆は急いで自分の楽譜の中からその曲を抜き出し順番に並べた。

私も席に戻って譜面台に楽譜を並べて置き、準備が整うと楽器を膝の上に下ろし、他のものも準備ができれば楽器をもち膝の上に下ろす。
これが準備が整った合図だ。

それを見たパーカッションパートリーダーがちょうどドラムに座っており、ドラムスティックでカチカチと曲にあった速さのリズムを打ち始め、構えの声で皆楽器を構え、皆が構えるのを確認し始まりの合図「いち、に、さん」を告げ、演奏1拍前、全員の息を吸う音が聞こえた。



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5曲吹き終われば、立海大吹奏楽部の上手さに呆然とする人が多かった。私だけでなく、他にもソロコンテストで優勝する人がいるし一人一人がレベル互いのだから当たり前といえば当たり前といえば当たり前。
そして、今日見学しにきていた1年生は、やはり私が目をつけて直接立海に誘った子達が殆どで、そうじゃない子達もちらほら居たが、全員吹奏楽目的で立海に入ってきたらしく当たり前のように入部届けを持って帰っていた。
25人確保、ラッキー。

皆一通り楽譜を片付けて、時間は12時ちょっと前なので昼食をとることにし、早く済ませ、明日の部活紹介でアンサンブルするメンバーで集まって微調整に取り掛かる。あっというまに1時になってパート練習に移るよう指示した。
パート練習は他の部に邪魔にならなければ校内の敷地内であればどこでやっても良いことになっている。外のほうが音を遠く飛ばせるし気分転換にもなるから楽しい。

トランペットパート私をあわせて8人は楽器、楽譜と譜面台を持って外に行く準備を始める。



人気の少ない裏庭にやってきた。今日の練習はもちろんコンクールで吹く曲だ。今年も絶対に全国大会で金賞を取りたい。まず7月下旬に地区大会、8月上旬に県大会、東関東大会が9月上旬・・・そして全国大会が10月の最後の土日。

絶対に負けないためには練習あるのみ。


「音合わせます。」
はい、と全員から返事がきて、チューナーをつけて私がチューニングの基本音を鳴らし全員がすぐに一致させて練習が始まる。コンクールは課題曲と自由曲の二曲吹かなければならないが、課題曲は結構簡単だ。
曲の流れを掴むために一度全員で通して吹いてみることにした。2年にとってはコンクールは初めてで、少し緊張しているだろう。その緊張感は解いてはいけない。もしダラけてしまうと、私たちは全国大会が開かれる、吹奏楽の甲子園である普門館へはたどり着くことができないのだから。

構え、と指示を出し、半円になったパート全員の見える位置にメトロノームを置いてカチカチと鳴らした。

テンポにあわせて「いち、に、さん」と声をかけ、息を吸ってトランペットに息を吹き込んだ。
やっぱり楽器を吹くのは楽しいと心から思える。楽器を演奏して曲が聞こえる、この時間が本当に好きだ。

私の場合、全体の楽譜を目で追うとどんな曲か大体わかる。自分で自分のーパートを吹いてみて印象が少し変わって、パートで吹いてまたまた変わって。全体の合奏でまたまたまたガラっと変わる。
自分の楽譜が休符になっているときに他のパートであんなメロディーを吹いていたのか、などの感動がある。メロディの裏に小さく流れる裏メロディーだったり、裏打ちの音だったり、アクセントの可愛い音だったり。上達すればするほどに、ソレが一つになっていく。たまらない。

今はまだパートでしかあわせてないので多くて3和音だけどそれだけでも自分とは違うメロディが聴けるので楽しい。和音が綺麗にハマると、音が融合して何の音が混じってるのかわかりにくくなる。その感じがとても好きだ。


一通り吹き終わると、一応まだ一回目なので特に指摘はしない。大まかな自分のダメなとこはさすがに指摘するけど
これから発展するのでそこから厳しく行くつもりだ。

「今から1時間個人練習、ソレ終わったらもう一度パートごとであわせましょう。」と言い、裏庭内で適度にバラバラになり個人練習が始まる。

私はまず楽譜一枚目を丁寧に仕上げていくことにした。

どこかから聞こえてくるほかのパートの音もちゃんと聴いて、完成度を確かめるのも私の得意技だ。でも、結構距離が離れているし建物のせいで遮られてはっきりと聞こえないので誰の音かまでは100%わからないが、全楽譜が載っている楽譜を持っているので、楽器パートは当たり前、1st2nd3rdは丸わかり。後の合奏にも役立つので気になるところは一応メモをしておく。(ホルン、音へぼい。)

譜面台にペンを置いて、自分もまた練習に入ろうと背筋を伸ばしたとき、足に何かがこつんと当たった。


(テニスボール・・・?)

それを拾うと同時に今朝のことを思い出した。

私は今朝のように急激に病んでしまうと、他人にすごく冷たい態度をしてしまう。もう自分でいっぱいいっぱいだからだ。後々から少しだけ後悔してしまうのだけど自分から謝るのもなんだか嫌だし、かといって次から気をつけようとは思うけど気づいたらもう突き放してたということが多い。

病気を知っている人は、結構なポーカーフェイスなのに見ただけでそれを見抜いてしまうし、知らなくても他の部活仲間なんかは雰囲気で“なんとなくご機嫌斜め?”と認識できるらしい。
ご機嫌斜めとはまた種類が違うけど。まあ音楽に触れ合うだけでご機嫌に戻る私もまだまだ単純なのかもしれない。

問題は今朝のテニス部だ。仁王と柳生はたぶん大丈夫。仁王は今までも何度か朝に病んでるとき、朝冷たい態度をとっても次に顔あわせるときには普通に話しかけてきた。全く気にしていないという風に。
毎回「なんかあったんか?」とむしろ心配してくれるが、私は何も答えないし教えない。そのときには私ももう普通なのだから、それでいいじゃないか。柳生は仁王の親友だから、仁王繋がりで喋るようになったし、紳士だし安心だし、今までも仁王と同じように冷たい態度をとっても次からは普通に声をかけてくれた。

今朝は、仁王と柳生以外昨日知り合った人だ。私のことを何も知らない人たち。テニス部たちにとってはきっといい思いをしていない。全員が全員、仁王みたいに冷たい態度をとっても私に構うような変人じゃないし、気にしないタイプでもないだろうし。面倒くさい、人間関係。普通あんな嫌な態度を取ればもう関わりたくないというのが普通だと思うから、ま、いっか。テニス部とはこれで終わり。




ボールが転がってきた方向をなんとなくいやいや見てみると、見慣れた銀髪に一気にホッとした。テニス部の中では一番友達と言ってもよさそうな仁王だった。あれ?友達?私たちって友達なのかしら。

まあいいや。ここで私を良く思ってない丸井や、仁王以上に何考えているかわからない幸村や柳、顔を見るなり怒るであろう真田がきたら私はボールを投げつけるしか回避方法を思いつかない。

「悪ぃの、ラケッティングしてたら石に躓いて、バランスくずしたらへンに力が入ってボールそっち転がっていきよった。」

意味ありげな笑みを浮かべてそう言ったので、ボールを仁王に突き出して「嘘ってゆうのバレバレ。」といった。この雰囲気にほっとしたけどなんとなく後ろめたくって気まずくって早く戻って行って欲しかったのに、まだ仁王は私に構ってくる。

「今日も朝から機嫌悪かったのう、毎回思うんじゃが何がそんなに朝っぱらからお前さんを機嫌悪くさせるんじゃ?寝不足か?」
「・・・そう。曲想練ってもいいの出てこないから夜更かしして寝不足のうえ、朝寝てたら10回くらい金縛りにあって体力疲労する。」
私は無表情でそういうと仁王は吹き出した。

「嘘ってバレバレぜよ。」

気まずさと話すことがもうなくなったのとで、楽器のつば抜きをして楽譜に目を落とした。仁王どっかいけオーラを出してるのか丸わかりなのか、もう一度仁王が笑った。

「まあ、元気なったんならそれでよか。じゃあの。」
そういって去って行った。

どうして、私を心配してくれるのかよくわからない。




「あー!先輩、今のって仁王先輩ですよね!もしかして付き合ってるんですかー!?」とパートの後輩がニヤニヤして聞いてきた。

「・・・キムタク改造してあげようか、」

といえば後輩は「冗談です、冗談。」と震えた声で言いながらしっかりとキムタクを抱きしめた。
ちなみに「キムタク」とは後輩が自分のトランペットにつけた名前だ。
楽器に愛着を持たせるため、楽器は自分の相棒なため、うちの吹奏楽部は全員自分の楽器に名前をつけている。
なぜキムタクなのかといえば、その後輩は男前が好きで男前の定番といえばキムタクだから、らしい。

他にも、冬ソナが好きなトロンボーンの子は、ヨン様をもじってボン様とか名づけてるし、ティンパニーなんか「横綱」、という、人それぞれだ。

ちなみに私の楽器の名前は・・・秘密。