La campanella





「二人とも、帰ってもいいよ。」

外が暗くなり練習を終えた私と昼間行った音楽室ダッシュでどべから2番目3番目だった後輩部員2名とで音楽室の掃除を終わらせて帰らせる。

毎日掃除はしているので時間をかけてやるようなことではない。ささっと掃いて窓を拭いて机の上を拭いてトロフィーや写真のフレームなどを拭いて終わり。輝かしい結果のに誇りをかぶせるわけにはいかないからね。

今日は特別に、部長でありトランペットのパートリーダーの私、金管リーダーでトランペットの島尾、もう一人トランペット、副部長でトロンボーンの田垣外、ホルン・ユーフォ・チューバ・パーカッションのそれぞれのパートリーダー1人ずつという3年8人で1時間程度居残り練習。そしてもう一人の副部長の高見は聞き役に残ってもらった。
何かというと新入生が入ってその翌日に部活紹介というのがある。そのときに数分程度のアンサンブルをすることになっている。楽器説明などだらだら話すよりも、吹奏楽無難だから曲を聴いてもらうのがはやい。

去年は木管楽器がやったので今年は私たち金管の番で、する曲はといえば先日全日本アンサンブルコンテストで金賞を取ったばかりの。ぶっちゃけ全国金賞レベルの演奏を部活紹介として聞ける1年や、舞台袖にいるほかの部の人たちはラッキーだと思う。コンクールなどは聴きに行こうと思えばチケット代が数千円かかるはず。

今年の新入生は私が小学生のコンクールなどを見てきて直々にスカウトした子もいるので下手な演奏は見せれない。舞台に立ったときと同じように音楽室の前の台にのぼり半円になり、その半円の端っこに立ってる私がトランペットを構えると皆が構え、ピリピリとした心地の良い緊張感が漂う。舞台に立ってるときのそれは特別気持ちが良い。スポットライトに当てられ、全国の学校がライバルで、そのライバルたちが私たちを見ている。氷帝の跡部じゃないけど…私の音を聞いて周りがざわつくのが快感で仕方がない。

トランペットを指揮棒代わりに一度下に沈め上にあげると同時に一斉に息を吸う音が聴こえ、7人の綺麗なハーモニーが聴こえる。今思えば、入学当時に比べて本当に皆上手くなったと思う。努力の賜物だ。昔なんて聴けたもんじゃなかったのに・・・本当に上手い。納得の全国レベル。私の吹く1stにはかなり難しい音域とメロディーがある曲なのでそれが成功するととても気持ちが良い。
一旦吹き終ると各自気になったことを言い合うのがお決まり。14小節目の、誰の和音ずれただとかココはこうしたほうがいいとか、そういうこと。録音して聞いたり納得のいくまで何度も何度も。

そうこうしているうちにあっという間に1時間が過ぎて時計は8時を回っていた。各自片づけを終え、解散。田垣外と島尾と高見以外はそそくさと帰っていった。塾があるらしい。
…久しぶりにバービースクワットなんかしたからあちこち痛い。明日絶対筋肉痛だとおもう。ハードケースに入れた少し重たいトランペットを肩に担ぎ音楽室を閉める。

「いつ聴いてもは上手いな。」
「本当思うそれ!あたし、ちゃんのトランペット、すっごくすきなんだ!」
「うんうん、あたしもあんたくらい吹けたら良いのになー。」
高見、田垣外、島尾の順だ。私の演奏を聴くたびにこうやって言ってくるからもう慣れた。
「そう?ありがとう。」褒め言葉は素直に受け取っておくというのもいつものやり取り。

「てかてか!今日の外練最高だった!」

鍵を閉め終え、私は職員室なので途中まで4人で話しながら帰っていると、急に島尾が3人の前に回って私たちのほうを向き、興奮した様子でそういうもんだから3人とも顔を見合わせて首をかしげた。
「すごいね、なっちゃん!あたし、ちゃんの後ろ付いて行ったけど倒れそうだったのに…。」
なっちゃんとは、島尾奈都のニックネーム。
「そう、島尾は走るのがすきなのね。明日からもう10週増やそうか。もっともっと肺活量鍛えるために。」
感心している田垣外をよそに、にっこりと微笑んで私がそういうとみるみるうちに彼女の顔が青くなる。

「ちーがーう!…テニス部の幸村君のファンなんだ、あたし。」

顔を真っ青にした次はテレながらいう島尾に私も高見も田垣外もびっくりしたようで目を見開いた。
まさか、吹奏楽部にもテニス部のファンが居るなんて。しかも幸村精市。

確かに顔はいいほうだと思うけど、テニス部って性格に難ありと感じるのは私だけであろうか。


「幸村精市の何が良いわけ?」
私がそう聞くとよけいに顔を真っ赤にして島尾は自分の世界へと入ってしまい、幸村精市の好きなところを次々と挙げていった。
とにかく自分から聞いていて何だけど、恋愛沙汰…しかも他人のなんて興味が無い私は時間の無駄だと判断し、高見と田垣外にまた明日、とだけ告げて鍵を返すべく職員室へと向かった。






この夏は吹奏楽部のイベントがたくさんある。

メインイベントともいえる1軍星組が輝くコンクールに、2軍の花組が活躍する高校野球の応援、全員参加のサマーコンサートに。2学期は学園祭があり、普通なら吹奏楽部の演奏とかがあるんだろうけど、それよりも関東の文化音楽祭には各地の吹奏楽強豪校が合同バンドを結成し舞台に立つ。もちろん私のところも3校ぐらいと合同で舞台に立つために学園祭にまわす余裕が無いため不参加の予定。他校と合同なのに疎かになんてできないもの。それが終われば吹奏楽部の3年・・・私たちは引退。運動部よりも数ヶ月遅い引退だ。

高等部は小編成で10人程度なので高校野球の応援にはコンクールメンバーから落ちた花組を参加させて、高等部のコンクールは私が教えていた先輩二学年いるのでまあ楽だろうけど、一気に二つを教えるのもきつい話だが、それでも私が居る以上両方全国大会まで勝ち進み金賞を取る。

そのためには曲選びは重要になっているのだけど高等部は小編成の部門で出るために課題曲は吹かずに自由曲一本勝負させる。高等部はちゃんとした音大卒の顧問が居るのでそこまで関与しなくていい。その顧問に曲選びを任せるといわれたのでやってるまでのことだ。

中等部・・・うちの部活の顧問の田代先生(28歳・音楽教師)も音大卒だし指揮も指導もやれといえばできるみたいだけど、放任主義なので私にまかせっきりだ。私が演奏する大きな大会でしか指揮はしてくれない。まあ、放任主義と言いつつ面倒くさがりなのだけど。私の尻にしかれてる状態だ。

でも基本的に曲というのは指導してる人が指揮をする。それは教えているうちにその曲の演奏が指揮者色に染まるからだ。譜面上の表現+指揮者好みの表現がかすかに混じって完成される。だからコンクールの曲とかは特に私が教えていても私が指揮をしないと普通はおかしくなると思うのだけど田代先生は曲者である。
ほぼ完成というとこで私は指揮を田代先生に任せて演奏に参加する。完成に近づくと私が教えている様子を見にきて、それで私の表現の仕方や指揮棒の振り方を完璧に覚えてくるのだ。そこは私も凄いと認めているし、信頼もしてる。

鍵も返し終わって、田代先生に部日誌と共に今日の報告を完結に済まし歩きながら、かばんの中に入ってる高等部吹奏楽部の自由曲候補の10種類の楽譜を取り出し、その楽譜の曲が入っているipodのイヤホンをつけて流れる曲と同時進行で楽譜を眺める。聴きやすい曲がいい。どれがメロディーかよくわからない曲がたまにあるけれど、私はそういう曲は好まない。メロディーを気づいたら口ずさんでるような、そんな曲が良い。

もうすぐ校門。楽譜の四小節先までを読むともうすぐ私好みの曲調になるようで、四小節後を楽しみに聴き、その四小節目に向けて音が盛り上がりを見せた・・・!というところでいつの間にか後ろに居た人物にひょいと楽譜を取り上げられ、振り向こうとしたらその人物の人差し指が頬に刺さった。イヤホンからは予想通りに私好みの曲が流れたというのに、後ろの人物に完全に意識がいってしまい満足のいくように聞き取れなかった。

後ろに立ってる軍団を見て思い切り顔をしかめ、すぐには帰れなさそうな気がしたのでため息を突き、ipodを一時停止にして片一方のイヤホンを外した。このイヤホンは精度がいいためにつけると外部の音が殆ど遮断されるために話しかけられても聞き取りにくい。もう一度ため息をついた。

「何ですか、仁王と・・・その仲間たち。」
いかにもしてやったり、という顔の仁王雅治の顔を見て面倒くさい・・・と思い肩からかけてるトランペットのケースをかけ直した。

「仲間たちとは、ひどいな」と苦笑しながら幸村精市が仁王雅治の隣に立つ。昼間あんなことがあったので思わず身構え、自然に「幸村精市・・・」とつぶやいた。
本当にテニス部レギュラーで私を囲んで何が楽しいんだろう?新種のいじめ?

「やだなあ、折角俺たち同じクラスなんだからフルネームじゃなくて呼び捨てでいいよ、。」

ふふっ、と微笑みながらちゃっかり私の下の名前を呼び捨てにする。なんだこの男。同じクラスだからと言って別にそこまで名前で呼び合うほど仲良くなった覚えも無い。ていうか昼間は何こいつみたいな目で私のことを見ていたくせになんでこんなに馴れ馴れしいんだろう。

仁王は去年同じクラスで席も近く修学旅行の班も一緒だったためにまあまあ仲が良いから解るんだけど・・・まあいいか。幸村精市とフルネームは長いし幸村と呼ぼう。時間短縮時間短縮!

「じゃ、また明日。」

さっさと帰って楽譜の選曲をして、趣味に没頭しよう、と、彼等に背を向けたら右腕をつかまれた。痛みが走って、少し顔がゆがんだのはきっと誰にも見られていない。

「何、仁王。」


私の腕を掴んだまま、ニッと笑った。ものすごくいやな予感がする。
周りを見渡せば丸井ブン太や切原赤也までもがニヤっとしてるので深いため息を吐いた。幸村だけでなく丸井ブン太や切原赤也もなんでそんななれなれしくしてくるわけ?
この人たちに笑顔向けられるようなことなんて一回もしてない。


「これからこのメンバーでファミレス行くナリ。も行くじゃろ?」

なによ、行くじゃろ?って。いつも一緒に行ってる仲間です。みたいな感じの質問の仕方。
「行くわけないじゃない。」と、私が言っても仁王は表情一つ変えることなく私の腕を放そうとはしない。

「放して。」
「いやじゃ。」
「私は行かないといったはずよ。」
「行く。」
「行きません。」
「行く!」
「行きません!」
「行く!!」

母親とわがままな息子みたいだ、と思ったけどこんな息子いやだ。唇尖らせて犬みたいな目でこっち見てもそんなの私に効くはずも無いのに。バカなのですか、仁王は。
「どうしてそんなに嫌がるんだよ、傷つくだろぃ?」と仁王の肩にひじを置き私に上目遣いをしてくる。私のほうが身長が高い故。目の前に幸村、仁王、丸井。邪魔だ。
柳蓮ニも真田弦一郎も柳生比呂士も、ジャッカル桑原も止める気配すらない。柳蓮ニなんてはノートに何か書いているではないか。

これ以上はもうキリが無い、蹴飛ばしてでも腕を放してもらおうと片足を浮かせた瞬間「ー!」と昇降口方向から私を大声で呼ぶ声が聞こえる。

島尾だ。ややこしいのが一人増えてしまう。私に一直線に走ってきてる島尾を見て仁王が私の腕を放して避けた。その隙に逃げようと思ったが、次は島尾に捕まってしまった。仁王と幸村の間に島尾。

、まだココにいたんだ、体何してんの?こんなとこで!」
「その言葉そのままそっくりお返しするわ。」
「…気づいたら朔良も高見君も居なくってさ、あはは…」

困ったように笑う島尾にため息。きっとあれから自分の世界から戻ることなく幸村への思いを語りすぎて呆れてあの二人も帰ってしまったんだろう。結局とばっちりは部長の私・・・。

「おい、。」
不意に呼ばれた名前にそちらを向けば丸井ブン太。え、君まで私のことを呼び捨てにするつもりなのですか。
「早くしよろ、腹減ってんだよ俺等は。」と悪態をつく彼を見て、それならさっさとファミレスなりどこなり行ってくれと思う。私はいくら待たれようと行く気は無い。
この流れで島尾と帰ってしまおうとすると、「よかったら島尾さんもどうだい?」と聞こえる。どうして島尾まで誘うのか。
やわらかな声が真横から聞こえてきてた島尾は過剰反応。好きな人…幸村の声は聞くだけで解ってしまうらしい。もしかしてこの子、幸村が自分の真横の距離10cmのところにいること全然気づいてなかった?
顔を真っ赤にして右横見上げれば島尾が思いを寄せる幸村が居るんだもの、姿をその目でをちゃんと把握した瞬間ロボットみたいに固まっている。なんてわかりやすい子。
ほら、柳蓮ニのノートにメモとられてる。

「な、ななにがでございますでしょうか!」
敬礼し始める島尾に仁王や丸井ブン太は笑っている。

「今、をファミレスに誘って晩御飯を食べに行くところだったんだ、よかったら島尾さんも行かないかい?」

なんてことだ、なんで島尾まで巻き込むのでしょうか。

「そんなの行かないに決まって「いきます!」ちょっと島尾。」

にっこり笑顔の幸村に思い切り縦にブンブンと頷いて行きますを連発。

も行くよね!ね!ね!」目を輝かせて私にそういうがいきたいなら一人で行けば良い。
「私はやることがあ「え、行くって?!やった!!だいすき!」・・・島尾。」調子よすぎ。さらに断ろうとして島尾を睨むと、私を見つめる島尾の顔には「幸村君とのせっかくのお近づきのチャンスなの!私一人じゃ何もできないからお願い、!」と書いてある。

の負けじゃき」と喉を鳴らして笑う仁王を見て急に腹が立ち、持っていた楽譜で頭を思い切りはたいた。わざとらしく痛がる仁王を睨み、ため息をついて方耳だけ着けていたイヤホンを外してかばんの中に楽譜とともになおした。
そのため息や行動が諦めの合図だということを皆がわかったのか「話はまとまったのか、さっさと行くぞ。」と、真田弦一郎が言ったので全員が歩き出した。

島尾、プラス10週決定