その日は覚えなおすことが大量だったり、奥さん達にいろいろ指示を出したり結構忙しくって、多少皆とも話したけど幸村君と話すことはなかった。
あたしが思い切り避けていたし、なんだかんだで柳君たちが会わさないようにしてくれていたのかもしれない。



ちなみにここに来ているのは氷帝は鳳君と忍足君、立海は柳生君と幸村君の奥さんであたしを入れてサポートできるのは5名だが、子供の面倒などもあるためほとんど一人。


不安だったけど、やってみれば体はまだ覚えているのか、大体のことはあたしができたから、他の4人にはタオルやドリンクを運んでもらうだけでよかった。



洗濯物を乾していると、お姉ちゃん!と呼ぶ声が聞こえて、下を向くと一人の男の子が居た。

「どうしたの?」洗濯物をパパッと乾し終わって、しゃがんで頭を撫でた。

この子は、幸村君の・・・。
「お姉ちゃん、がんばってね!」
男の子はそういって微笑んだ。

彼に似て優しさの中にある強いまなざしがそっくり。
笑顔なんてもう本当にいやなくらいそのまま。
この子は、大好きな、大好きだった幸村君と、知らないヒトとの子供。
あぁ、だめだ、こんなこと考えちゃダメ。泣いちゃう。

幸村君のこと、もう忘れるってさっき決めたばっかジャン。
だめだ、いやだ。


「ありがとう」

そう偽りの笑みを見せた。


「あ、ここに居たの?」
「ママ!」

男の子は、突然現れた女の人に向かっておぼつかない足取りで走って行った。
この人はたしか幸村君の奥さんだ。

本当は、あたしがなるはずだったポジションに彼女が居る。見ず知らずの、女の人。
高校からの同級生ってことはあたしよりも彼を知っている、あたしよりもずっとそばに居た。
愛してもらってる唯一の人。

勝ち目なんて、ひとつもないんだ。


さん、ごめんなさい、ほら、いくよ?」
幸村さん、が男の子の手を引いて去ろうとしたが。

「あ、そうださん。」
「なんでしょうか。」

あらたまって幸村さんがあたしのほうを向いた。


「あなた、精市の初恋相手か何か知らないですけど、精市はこうやって私と結婚して、子供ももう居るんです。諦めてもらえますよね?」

このヒトも、幸村君を愛してるんだ。
あたしという存在が不安要素であり邪魔でしょうがないんだ。
このヒトもまた、幸村君を手放したくない、必死なんだ。家庭を護るために。

なにも言い返せないでいると「ー?」と聞こえてきた。

ああ、この声は、昔よりも低くなったこの優しい声、
もうあたしのことは呼んでくれない。

もうって呼んではくれない。

「精市!どうしたの?」
「パパー!」


この3人の会話を聞くだけであたしはもう辛くて、消えたくて、だめだ、耳をふさぎたい。他の皆に会いたい。
目が合って、幸村君はほんの一瞬泣きそうな顔をしていた。

ほんの一瞬。


「仕事があるので、これで失礼しまーす。」

できるだけ明るく言ったつもりだ。声が震えたが向こうにはわからなかったらいいな。
3人に背を向け、洗濯物を入れていたかごを抱えてドリンクを作りに行くことにした。


「で、精市はどうしたの?」
「あ、ああ、グリップ持ってないかい?忘れて行っちゃって。」
「ふふっ、精市ッたら。はいどうぞ、部屋にあったから後で渡しに行こうと思ってたのよ。」
「すまないね。ありがとう。」




「あれ、精市どうしたの?」
「グリップ忘れたんだ。持ってない?」
「もう精市ったら!はいどうぞ、ロッカーの前に落ちてたから後で渡そうと思ってたの!」
「ありがとう、。」





ひとつひとつが嫌になるくらい過去を思い出させる。






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