草履をはく余裕も無い。石を踏んづけても、足の裏が切れたって痛いとかそんな感覚は全く無い。 斬魄刀を支えに歩くのでやっとだ。ごめんねこんな血まみれにした挙句杖代わりにして、なんて心の中で思う。 なんだか思ったより自分は落ち着いているみたい。 斬魄刀に謝罪する余裕があるなんて。今のこの格好、本当間抜けだ。無様だ。 霊圧はもう無に等しく、自分自身でもわからない。 誰も感知できないほどになっているためにあたしを心配して外に出てくる人は一人としていない。 そっちの方が逆によかった。 壁を伝ったり柱や手すりを持ちながら前に進むが、そのうち目が霞んで来るし嫌な汗が出て来たり。 真夏なのに少し寒気がして来たり。何度も崩れ落ちそうになる。 思わず崩れ落ちてしまい、打ち所が悪かったらしく思い切り頭をぶつけて血が滲んだがそれさえも痒い程度にしか感じなかった。 腹から上がってきた血にむせ返るが耐えてその場に吐き捨てた。 さっきよりも意識が朦朧としてきたのは気のせいでもなんでもないよね。 きっと明日には死んでいるんだと思う。冗談じゃなくて本気で。 だからこそ最期に恋次に逢わせて・・・。 と一緒でも良い。逢うまで、謝るまでなんとか生きさせて。 それ以上生きたいだなんて思わないから。 ―――これが本当の本当に最期のお願い。 ![]() なんとか恋次の部屋の近くまでたどり着いた。 いつもならなんとも思わないのに、今日は随分遠い道のりのように感じる。 さっきよりも寒気が酷くて。意識も朦朧として自分良く頑張ったなあなんて褒めたくなる。 「やだ、恋次・・・。」 「なにがだよ、手どけろよ。」 彼の部屋の中から聞こえる二人の声に、何をしてるか理解できて思わず苦笑した。 乱菊とルキア以外で彼のことを呼び捨てにする女なんてあたししかいなかったのに。 今はあの子が呼んでいると思うと、彼に愛されてると思うと本来なら泣きたくなるはずなのに。 今は思考も全然働かなくて嫉妬さえ出来ない。 どうせ死ぬんだ、と思うと今のあたしにはもうどうでも良かった。 ただ、よくわからなかったけど少しだけ鼻の奥がツーンとした。 とにかく呼ばなきゃ、気付いてもらわなきゃ。あたしの存在に。 迷惑なのは承知。でも、邪魔してでも逢わないと、死に切れない。 「れ、じ」 何とか出た声は名前を呼びきれず、蚊が飛ぶ音くらい小さくてかすれていて 自分でもそんなに弱っているのか、とビックリした。 2人はきっと互いに夢中になっている。あたしの声なんかに気付くはずが無い。 ましてや霊圧をあげて存在を気づいてもらうこともできない。 「れん、じ」 さっきより大きい声で呼んだはずなのに、あまり変わらない声の音量。 このまま気付かれなく、哀れに死んでいくのか。 最期に顔すら見れないのかと思うとむなしすぎる。 足の力がカクンと抜けてしゃがみこむが、壁をもってもう一度立ち上がる。 焦りと愛しさと悲しさと辛さと・・・いろいろな感情が涙になって真っ赤な着物をつかむ手の甲に落ちる。 まだ流れている血は廊下にも自分の部屋と同じように水溜りを作り始めていた。 月も雲に隠れてしまいほとんど見えなかったけど、足に伝わる濡れた感触で解る。 少し動けばピチャ、と音を立てた。 自分はもう長くないから、どうか早く・・・。 だんだん手足の震えが酷くなってきて、呼吸がうまくできないや。内臓が痙攣している。 逢いたい。 ただそれだけ。 「れんじぃっ」 最後の力を振り絞って恋次を呼んだがやはり耳に届かないであろう。 もう終わったと思った。だって叫ぶ元気がもう残ってないもの。 どうして、どうして、どうして! こんなにも距離は近いのに、こんなにも想いを込めているのに どうしたら気づいてくれるの、どうしたら見つけてくれるの? もどかしさにぶわぁっと涙が出てくる。 れんじ、あいたい、れんじ! もう馬鹿なこと言わないから、あいたい! 斬魄刀が手から滑り落ちた。元々付着した血液のせいで滑りやすくなっていたみたいで、握力じゃもてなくなってたみたい。 すると中の声が一旦止んだ。 (聞こえた・・?) こんな夜中の静かなときだからこそ、この物音が届いたんだと思う。 夜中に狙ってくれた暗殺者が初めてありがたいと思った。 気付いてくれたのかと思いもう一度名前を呼ぶ。 聞こえてないとは思うけど。 中から足音が聞こえ、やっと逢えるのかと思うとほっとした。 せめて謝る間だけ、ちゃんと立つように努力をし壁から手を離すが足に力が入らない。 よろけたが、なんとか大丈夫そうだ。 扉が開き、出てきた恋次は上半身は何も着ていない状態。 かすかに見える首筋の痕に汗ばんだ肌に荒い息。 悲しいとかじゃなく、邪魔をして悪いコトしたなと思う。 ごめんねさん。ごめんね恋次。 出てきた恋次は不機嫌そのもので見たことも無いような冷たい目に今のあたしにとって重たく感じる怒りの霊圧。 良い印象なんて持ち合わせてはくれないんだろうけど、一目見れたことがすごく嬉しい。 あたし死ぬんだよ、なんていえばもうちょっと優しい顔をしてくれるのかもしれないけどそんなことまでしたくない。 (とにかく逢えて良かった。) 「なんの用だよ。人の楽しみ邪魔しやがって。」 冷たい声で突き放すように言われようが気にならない。 顔を見れて、声も聞けてそれだけで十分嬉しくて。 あとは、ちゃんと自分のおもいを伝えないと後悔する。 許してもらわなくたっていい。自己満足。 だから、もうちょっとだけ生かしてください。 一言だけ、いえたらもう逆らいません、 無理にたってるからか背中の傷がまた激しく痛み出した。 痛み顔をゆがめ全身からまた冷や汗が噴出す。 「れんじ、ごめんね、ほんと、ごめん」 言葉を紡ぐと腹筋に力が入り全身が痛む。 「今更なんだよ。あぁ?」 平常心に近かったの心は段々焦り始める。 死ぬことなんて怖くない、と思っていたのにどうして? 恋次の顔見ちゃったら死ぬのが怖くなっちゃったよ。 もう一緒に笑えない、って名前呼んでもらえない。 見つめてくれない。 やだなあ、ほんと。 顎もガクガクしだして、嫌な汗もさっきよりも大量にでた。 なにより寒くて寒くて凍えそう。死に際だから震えているのか寒くて震えているのかわからない。 だからか呂律も回りにくい。目の前がかすんでうっすらとしか見えない。 もう、すこし、もうすこしだけ。 気を抜けば死ぬ。 シヌ、しぬ、 「ゴ、ゴゴメンナ、イ・・本当、ゴ・・・メメンネ」 ちゃんと言葉を伝えたいのにあごがガクガクで発することが出来なくて、凄く悔しい。 「泣いててもわかんねぇよ、なんて?」 ちゃんと話せないのは涙のせいだと思った恋次はそう冷たく言い放つ。 結構怒ってるみたいだ。 肩から流れてくる血が指先に落ちてきた。 冷たい体にはソレが暖かく感じる。 手は、さっきよりももっと震えていて握り締めると、ねちょっとした血の感触がすごかった。 「ゴメン、ね、あ、あたしほん、は、れんじ、愛、てくれてた、って、わかってる、から」 「だから何て言ってるかわかんねーよ。」 冷たい言葉で返ってきたが、それもなんとなく聞こえてるだけだった。 今のあたしは、とりあえず謝りきらないといけないことと、意識を保つだけで精一杯で。 「ごめ、・・っ」 急に喉の奥から鉄臭いものがこみ上げてきた。 こんなに血が流れてるのに、残り少ない体内の血液はまだ出て行こうとする。 そろそろ終わっちゃうの? 慌てて口に手を当てるが、咽てしまい赤い液体は口から流れ、指の隙間から流れ落ちる。 すると一瞬意識が飛んだ気がし、そっちに気を取られて必死に立っていた足の力が抜け崩れ落ちた。 地面の接する部分に冷たい液体の感触が。 「おい、お前酔ってんのかよ。」 まさかあたしがこんな血まみれとは思わなかったのかそう解釈したらしい。 もう恋次の声なんて、聞こえていない状態だった。 かすんだ世界がぐるぐると回って聴覚はすべてぐわんぐわんとしか聞こえない。 ゴホッゴホッと思いきり咳き込むと、背中に肩、ほかの斬り傷が悲鳴を上げる。 それと一緒に吐血もするし、息が出来ない状態になった。 なんかおかしい、そう悟ったのか「おい、?」と様子を伺ってくるが下を向いていて良くわからないみたい。 もう一度立とうとしたけれど余分な力は使いたくなかったからあきらめる。 「あ、あたしは、ほ、んとに、れ、れれんじ、を、」 最期にもう一言言いたかったのにまた中から鉄の臭いが上がってきた。 素直に吐き出し、とりあえずあと残った一言をどうしても伝えたかった。 恋次は、やっぱ明らかあたしが酔っているようには見えないらしく少し挙動不審になっているようだ。 頑張って、あたし。もうすこしだけ、でいいから・・! だけどそんな思いは報われることなく視界は急激に狭くなっていく。 いろんな場面がはっきり頭を駆け巡る。これが走馬灯、ってゆうのかな? ついに意識は途切れてしまい、そのまま床に倒れこんだ。 「?どうしたんだよ、おい!」 床に寝っ転がりだしたを変に思ったのか側に駆け寄る。 すると素足に伝わる嫌な感触に思わず足の裏を見た。 良く目を凝らすとなんとなくだがの周りに何か液体のようなものが広がっている。 彼自身、酒を飲んでおりあまりしっかりした意識がなかったものの酔いが一気に冷めた。 すると鉄の嫌なにおいが・・・。 どう言うことなのかわけもわからず頭が真っ白になった。 直ぐに我に返った恋次は「誰か!誰かこい!」と叫んだ。 その声を聞いたのか部屋にいたは慌てて部屋から灯りを持ってきてを照らした。 二人ともその姿に目を疑い息を呑んだ。 に灯りを照らして見ると背中は部屋着ごと×印にそれは深く斬り裂かれ、ボロボロ。 肩も大きく裂かれていて、いまだにそこから溢れんばかりに血は流れ落ちている。 他にも腹や足や腕などたくさんの刀傷や打撲の後が見られる。 顔はすでに青白くなっていて傷もできており、口のまわりにも大量の血液が付着しており、また、口から血液が流れており床にまで流れていた。 全く生気を感じられなくて死んでいるんじゃないかと思うほどだ。 着ている物もほとんどの部分が赤く濡れていた。 一瞬凄く嫌な予感がしたがほんのごくわずか。 集中しなければわからないくらいの弱弱しい霊圧を感じることが出来ることから、死んではいないようだった。 なぜ、彼女が。 恋次は自分でも驚くほど無意識にを抱えて四番隊に走った。 ――あたし、恋次を愛せてよかった。 この言葉は声にならずに。 Next |