、」

執務中に彼が神妙な面持ちで話しかけてくる。ちょうど周りには人がいない。

「何?」

あたしは、彼が名前を呼んだ理由を解っていても、そう決まって聞き返す。
目はできるだけ合わさない。
もしも、のためだ。

彼はもう一度、周りの霊圧を探って誰もいないことを確認して言う。

「夜7時、いつもの店に。」
「わかった。」

あたしを誘って来たのは檜佐木修兵。九番隊の副隊長だ。
そしてあたしは九番隊の三席。

彼とは恋人同士…のような関係。
恋人同士のような、と言うだけで勿論実際に恋人ではない。

なぜなら、彼には妻も子もいる。世間的には既婚者と呼ばれる部類だ。
じゃあ、あたし達は何なんだと問われれば、きっと不倫関係。


あたしは馬鹿だから。
彼が妻子持ちだと知っていても、どうしても止められなくて

ダメだと解っていて想いを告げてしまった。
なのにあの人はフってはくれずに、あたし達の曖昧な付き合いは始まった。


彼は彼で罪悪感を持ちながらも
あたしはあたしで、罪悪感を持ちながらも
日を重ねるうちにお互いを止められないほど愛し合ってしまった。
瀞霊廷内ではまわりにこの関係がバレないように。


会話は最低限。二人で会うときは必ず人気の少ない場所。

夜の情事は二人とも夜勤があるときだけ。
周囲に誰も居ないか十分に確認してどちらかの部屋に入り、事が終わればまた誰も居ないか確認し、すぐ自室に戻る。


こんな関係が…多分半年は続いてると思う。
最初はこんなに苦しくなかったのに。


最近では、彼の奥さんの気持ちを考えると苦しくて仕方が無いのだ。


愛する夫は自分の知らないところで知らない女に口付けをし、愛をささやき、帰ってきたら何もなかったようにそのくちびるで自分に同じように口付けをして愛を囁く。

愛する夫は知らないところで本気の恋人ごっこをしていることも、夜勤で帰らないといった日にあたしを抱いていることも知らない。

何も知らずに、子供と家で夫の帰りを待つんだよ、


こんなことをしてちゃ何も知らない奥さんがかわいそうだ。
いい加減やめなきゃいけない、

わかってるのに!
それでも、あたしは彼のことが大好きで、止めれなくって・・・。
本当は自分のものにしたくって。


だから、だからこそ…もう。

もう耐えれないのかも。






□□□

「お先失礼します。」

今日の分の仕事もが終わり、片付けた後。
あたしは檜佐木副隊長をチラッと横目で見て隊舎を出た。

一旦部屋に帰り死覇装から普通の着物に着替えた。
出来るだけあたしのことを知らない人に死神と悟られないようにするためた。

二人の待ち合わせは、いつも一緒に食事するときに会う飲食店の前。
ここはあたしが見つけた穴場で、全然死神は居ない。

しばらくすると、檜佐木副隊長が店付近にやってきて、あたしのことを探しているのかキョロキョロと辺りを見渡してた。

いつもならすぐにそこに駆け、早くご飯食べよう!というのだけど
今日はなんだか気が進まない。
さっきまで考えていたことのせいかわからないが、彼の元に行っても良いのか、悪いのか。戸惑う。


そして、立ち尽くしてるあたしと目が合って途端に彼が笑顔になる。
やっぱりあたしは、檜佐木副隊長が大好きだ。
この笑顔を見るだけで、好きすぎて泣きそうになるんだもの。

!」

隊舎など、周りに皆が居るときはあたしに話しかける際も一つも笑いかけてはくれない。
それは仕方の無いことだとわかってても寂しいものだ。

でも、今の副隊長は普段見せないような笑顔であたしの名を呼ぶ。
周りから見れば恋人なのかもしれない。本当に恋人なら、どれだけ嬉しいことか。

気持は本気だとしてもやっていることはただの恋人ごっこ。
それでも、彼の横に立つあたしが恋人なんじゃないかという錯覚を起こしそうになる。
あたしのものだ、と誤認してしまいそうになる。

「悪い!遅くなった!」

あたしも笑顔で返して、心の中のモヤモヤを振り払うように檜佐木副隊長の元まで早足で向かう。
余計なことを頭から振り払うかのように、副隊長の腕にしがみついた。


(今だけは、)

この時間だけでも、あなたの恋人でいさせて。





料理店の個室に慣れたように入り、早速注文する。
彼はあたしの好きな物を知っているので勝手に頼んでくれる。

頼んだものが来るまであたし達はいつものように楽しく話す。
いつものよう、に。

「お前最近仕事頑張ってるよな。」
「そう?いつもどおりだと思うけど。修兵だって頑張ってるジャン。」

二人の時はお互い敬語は使わない事が約束。
お互いを名前で呼び、本当に恋人のように過ごす。

「でも頑張りすぎて倒れでもしたら・・・俺が心配すんだろ。」

苦笑してそう言い、彼は水を飲んだ。
あたしは、彼をまともに見ることが出来なかった。

ほら、こうやって優しくするから離れられないじゃん。
いつもならその優しさに「愛されてるなあ」って素直に喜べたのに。
今日は喜ぶことができなかった。

「できるだけ気を付けまぁす。」

心の中を表すようにあたしも苦笑した。
本当、文字通りに苦しい笑いだ。



暫くして、注文した料理が届く。

いつもなら、食が進むのに。今日はなんだか進まない。
不味いわけでもない。どちらかというとこの店の料理はあたし好みでとてもおいしい。

副隊長も、満足そうに皿を空けていく。


---けど、


あたしは半分を食べ終えたところで箸を置いた。
そんなあたしに気付いたのか不思議そうな顔をした。

「どうした?やっぱり調子でも悪いか?」

口に運んだ物を飲み込んでそう言い、不安そうな表情を浮かべた。

「あのね、修兵。」
あたしは決心して口を開く。もう、限界なのだ。
この状況にも立場にも気持にも、何もかも。

「あたし、今日帰るよ。」
「え、?」
「今日は帰りたい気分なの。」

笑顔で言うあたしに彼は驚いた顔をした。
・・・あたしはちゃんと笑えただろうか。

彼の顔がまともに見れない。
これが最後の恋人ごっこにすると決めたから余計に。
最後の恋人ごっこにすると決めたからこそ笑わなくちゃいけないのに。

「え、じゃあ…しゃあねえな待ってろよ。」

そう言って修兵は勘定をすませる。





「本当にごめんね?」

外に出たところでたあたしは修兵に謝った。
結構人も居なくて、静かだ。

大丈夫、の代わりに唇にぬくもりをくれた。
きっとこれも今日で最後。

「行くぞ。部屋まで送る。」

部屋まで送る、か。
今日、彼に自宅に帰り、待っている奥さんと子供に何もなかったかのように接するんだろな。
口付けを下そのくちびるで、奥さんにくちづけをするんだろうな。
奥さんは当たり前のようにそれを受け入れるんだよ、何も知らないで。

悲しすぎる。


「いいよ、大丈夫。だから修兵は早く家に帰ってあげて?」

あたしがそう言うと、不思議そうにあたしを見て少し黙った。
だが、すぐに笑って口を開く。

「わかった。じゃあ、また今度誘うよ」
本当は大好きなその笑顔も、しっかり見ておきたかったけど、ソレをしたら「うん、待ってる」って言っちゃいそうだったから。
慌てて視線を足元にうつした。

「いや、いい。」

自分でも解るくらいに声が震えていた。

「え?」

修兵は、聞こえなかったのか、それとも気のせいだと思ったのか聞き返した。


「もう、誘わないでも良いよ。」

あたしは大きく息を吸い、彼の目をしっかり見てできるだけ笑顔で言う。

「終わりにしよう?今日で。」

「え、」

「やっぱダメだよこんな、の。誰も幸せになれない、報われない。そんなの耐えれないや。だから、終わりにしよう?」

あたしがそう言うと、修兵は悲しく微笑む。
相変わらず声が震えてる。

目の前の修兵・・・いや、あたしは修兵なんて呼んじゃいけない。
鼻の奥がツーンとして檜佐木副隊長が滲みだした。
ほんとうは、もっと言いたいコトバも用意してあるのに。
ふるえる唇をかみしめないといけなくて、言葉にできない。

「ありがとな。」

彼が発した言葉に少し驚いたが、何かをいわなくちゃと思い言葉探す。

「こちらこそ。」

最後に彼は、あたしを力強くギュっと抱き締めた。
できればこのままずっと抱きしめていて欲しかったが、腕はすぐに解かれ外の寒さが余計に身にしみた。

本当、今にも泣きそうだったけど、彼の前では絶対になきたくなかった。
泣いてサヨナラはしたくない。

「じゃあ・・・気を付けて。」

そういい彼はあたしの頬をなでると背を向け歩きだした。
伸ばしそうになった右手を左手で押さえ込んで、彼と同じように背を向け、反対方向に歩きだす。

背を向けた瞬間、我慢していた涙が零れた。

「ふっ・・うう、」
本当の本当に彼が、檜佐木副隊長が大好きだったんだ。
は本当わがままだなって怒って欲しかった。


あたしと檜佐木副隊長が出会ったとき、既に彼は結婚していた。
ソレを知らずにどんどん好きになっていったのはあたしだ。
結婚していると知ったとき、運命なんてクソ食らえって本気で思ったんだ。

思いを勝手に伝えたのも、こんな状況にしてしまったのも、勝手にもう会わないでといったのも、全部全部あたしなのに、彼は一つも怒りもしなかった。
一つも責めなかった。


最後まで、彼はあたしに優しかった。

少しでも夢を見せてくれた
名前を呼んでくれた

やっぱり、大好きで大好きで仕方が無いや。


少し歩き、後ろを振り替えると、さっき別れた店の前には誰も居なくて店の明かりが寂しく道を照らしてた。


(さよなら、)