気が付けば朝になっていた。 そろそろ出勤する準備進めないとなあ・・・。 いつもなら、恋次を起こす時間だったのに、 あたしは朝ごはんを食べなくても大丈夫。 今までは恋次のために作っていたけど・・・その時間も、いまは必要ない。 ぽっかりとあいてしまった。 (もう少しこうしていよう。) 壁にもたれてボーっとしていると扉をノックする音が聞こえる。 霊圧からして、桃とイヅルだ。 「ちゃん、入っても良い?」 桃の声が震えている。 あたしを心配してくれてるのかな、立ち上がって扉を開けた。 「おはよ、桃、イヅル。」 泣きはらしたあたしの顔に二人の顔が苦しそうになる。 出来るだけ笑顔でどうぞーといい二人に入ってもらった。 お茶を出してあたしもテーブルを挟んで前に座る。 「どうしたの?こんな早くに。」 あたしが聞くと、桃は非常に気まずそうな顔をした。 横に居るイヅルもだ。 「ちゃん、あの後、卯ノ花隊長に阿散井君を見てもらったら、さ・・・。」 「うん。」 「やっぱり、記憶喪失だって・・・。」 きおくそうしつ、この言葉が酷く重くのしかかる。 わかってたんだよ、頭の中で。恋次は記憶喪失だとわかってた。でも否定したい気持ちのほうが強くて受け入れることも出来なかった。認めたくなかったの。 桃はうつむいてしまった。 「しかも、阿散井君はどうやらさんのことだけ忘れてるようなんだ・・・。」 「あたしのこと、だけ?」 確かにおかしいとは思った。 イヅルや桃のことは覚えてて、あたしのことだけ知らない感じだった。 やっぱり、あたしだけを忘れていた・・・。 なんともいえない顔でうつむく。 「治るの?」と聞くと二人も同じようにうつむいて難しい顔で「わからない」というだけだった。 そうだよね、どうすることもできないよね。怪我でもないし薬や手術で治るような病気でもない。 記憶の一部が消えたんだ。どうすることも出来ないよね。 「そっか・・・。」そう呟き、死覇装をぎゅっと握る。 「なんとなく解ってたんだ、そうなってること。昨日恋次にさ、「あたし達結婚するって言ってたんだよ!」って言ったの。じゃあさ、いわれちゃったんだ!俺が好きな奴は今も昔もかわらねぇ。ルキアだけだ・・・って。 恋次馬鹿だから、本当にあたしのこと忘れちゃって! あたしが何番隊かも、何席かも全て・・・。 しかも好きな人、隣に居たのは確かにあたしなのに・・・あたしのはずが朽木さんって勘違いして・・・本当、馬鹿だよね!馬鹿! どう頭打ったらキレイさっぱりあたしを忘れるのか意味わかんないや。 なんであたしのことを忘れるんだろう? 本当さ、どうして、あたし、なの?」 言ってて涙が出てくる。無理やり笑顔を作っても笑いきれない。 髪をクシャ、と掴んで笑うと、ふとぬくもりに包まれた。 桃の花の香りがふわりと香る。 「なんでよ、どうして・・・どうして忘れたのがちゃんなの!? わけわかんないよ!阿散井君が許せない!ちゃん幸せにするって言ってたのに! 見てるこっちまで幸せになるくらい愛し合ってたの、あたしは知ってるよ!? うん、知ってる!なんで、なんで阿散井君はちゃんを忘れちゃうの? 朽木さんを好きとか言っちゃうの?うう、ちゃん! 悔しいよ、あたしすっごく悔しい!」 「桃・・・。」 泣きながらぎゅっとあたしを抱きしめる桃にそっと手を回した。 「あたしね、本当はすっごく辛い。本当に辛くて悔しくて、どうしようもないの。 確かにあたしのほうが一緒に居た時期は短かったかもしれないけど誰よりも恋次の事知ってる自信あるもん! ・・・だから朽木さんにも正直嫉妬してる。 ・・・でも、泣いたって変わらないよ、何も。 恋次があたしを愛してくれた過去も、あたしが愛した過去も。 そしてあたしの気持も。」 「ちゃん、」 「ずっとずっと、恋次が朽木さんを愛してると言っても、あたしが想う気持は絶対に変わらない。 今更他の人を愛することなんて絶対無理だしね。 それに恋次のこと嫌いにもなれそうにないや。 あたしも恋次と一緒で馬鹿だからさ、馬鹿みたいに好きなんだよ、恋次のことが。 あたしが今できることは恋次の記憶が戻ったら“おかえり”って言ってあげることだと思うの。 恋次の記憶がいつ戻ってきても良いように居場所を作って待ってることだと思うの。 あたし達の愛は、本物だって信じてるから・・・きっと恋次はの記憶は戻る。 あたしが覚えててあげなくちゃ、戻ってきたときさ、恋次悲しむでしょ? 40年間・・・無駄は絶対したくないしさ、ね?」 そういうと桃はもっと泣いた。 「うん、そだね、阿散井君は絶対にちゃんを思い出すよ! だって、ちゃんと阿散井君の愛は本物だもん!・・・辛いとき、絶対あたしを頼ってね、あたし達は何があっても親友なんだから!」 「そうですよ、僕も阿散井君の記憶が絶対戻ると信じています。僕もその、親友ですから。」 「ありがと、桃、イヅル。さ!そろそろ出勤時間だし、行こ?」 涙をぬぐい立ち上がり、二人に向かって笑う。 先ほどよりも幾分かは楽になった。 あたしに続いて二人も立ち上がって3人であたしの部屋を出た。 一人分あいた隙間を、少し寂しく思った。いつも左側にあったぬくもりは、今日からは当分、消える。 戻ってくるまで、あたしはずっとそこを空けて待っているから。 ・・・本当言えば口ではああいったもののかなり辛くて仕方がない。 気を緩めると自然と泣いてしまいそう。 朽木さんが現世任務から帰ってきて、もし二人がくっついてしまったら? ・・・死神たちは恋次と朽木さんが付き合ってるって、思い込んでるから本当に付き合い始めても不思議には思わないだろう。 もしあたしの前でいちゃついたりされてしまったら? そのときは、あたしにしか思い出せなくなってしまった過去のあたし達にそれを重ねてしまってなくかもしれない。 耐えれないくらい。 けれど、あたしは恋次を待つ。それがどれほど辛くても、待つしかない。それ以外考えれないや。 恋次の記憶が戻ったら、おかえりって言ってあげれるように。 いつの日か、あの素敵な日々が戻ってきますように。 「おはようございます。」 いつもどおり十番隊隊舎に入っていくと隊長にすぐ隊首室に来るように呼ばれた。 あぁ、きっと恋次のことの報告をしないといけないだろう。 失礼します、と入っていくとあたしを見た松本副隊長が目を丸くして声をあげた。 「!?どうしたのその顔!」 駆け寄って、あたしの頬に手を添える。どうしても目を合わせることができなかった。 ちらりと隊長を見ると眉間のしわが深くなっている。 「阿散井も昨日のうちに目が覚めて退院したって聞いたが・・・?」 「そうよ!もっと嬉しそうな顔しなさいよー!」 松本副隊長はあたしの髪の毛をくしゃくしゃとなでた。 本当、それに関しては言うこと無しなんだけどなあ・・・。 昨日に起こった出来事が頭の中を駆け巡る。 「たいちょ、ふくたいちょ、」 少し泣きそうで霊圧が不安定なことに気が付いたのか目の前の松本副隊長はあたしの両肩に手を置いて首をかしげた。 「無くなっちゃったんです、」 「え?」 副隊長の両袖をぎゅっと握り締めて目を見つめる。 「恋次のきおく、あたしのぶんだけきれいさっぱり消えちゃったんです。」 涙を溜めて出来るだけ笑って言うと、松本副隊長の顔がなんともいえない、ショックで信じられない、とかそういう表情に変わった。 日番谷隊長も、ソレまで以上に眉間のしわが・・・。 「どういうことだ。」 「あたしのことだけ、全部、なにもかも、この一緒に居た40年以上のこと一つも覚えてないみたいなんです、」 松本副隊長から手を放し、俯く。 やっぱり自分の口から言うのって凄く辛いや。 突きつけられてるようで、ほんとう嫌になっちゃう。 「あんた達、結婚するって二人で幸せそうに笑ってたじゃない、なのに、なんで、」 松本副隊長の声にも少し悲しみが含まれている。 あたしのこと、心配してくれてるのかな? そうだと少し嬉しい。 「・・・仕方ないんですよ、もう。」 少し自嘲をこめた笑みを浮かべると副隊長は言葉を失っていたが、ハッとしたようすであたしの肩を掴んだ。 「結婚式、どうすんのよ、もう準備できてるんじゃないの!」 「はい、あとは当日待つのみって所まで準備は進んでいます。」 じゃあ、どうするの・・・?と聞かれたが、ソコはもう決めている。 あたしはこの幸せを、恋次を手放すつもりはないのだ。 「キャンセルするつもりもありません。あたしは、身も心も、恋次の恋人であり妻になる予定の女ですから。恋次は必ず結婚式までに記憶が戻るって、信じてますから!」 「・・・、」 あたしの名前を小さく呼ぶと、思い切り抱きしめられた。 巨乳に鼻と口をふさがれて凄く苦しかったけど、ソレを言う雰囲気じゃない。 「なんであんたなの?なんでみたいないい子が、こんな苦しまなくちゃいけないの・・・!」 「松本・・・。」 日番谷隊長の呟く声がきこえる。 隊長が今どんな顔をしてるかとかは見えないけど、きっと副隊長と同じような感じ。 「あたしがサボった仕事も文句一つ言わないでやってくれるし、与えられたものは責任を持ってちゃんとする!恋次のこと本当に想ってるんだって伝わってくるくらいだったわよ!」 抱きしめられる腕に力が入る。 「本当いつも笑顔であたしの自慢の部下なのに!なんで、そんなあんたが苦しい思いしなきゃならないのよ・・・!」 わけわかんないわ、と呟きあたしをはなした。 「、辛かったいつでも言いなさいよ!あたしは・・・あたしや日番谷隊長はの味方なんだからね。」 「大丈夫だ。お前は俺の自慢の部下だ。松本も言ったようにな。だから幸せになれる。阿散井の記憶も戻る。安心しろ。」 真剣な隊長、副隊長のまなざしに、あたしは嬉しくなって泣きそうだ。 桃、イヅル、松本副隊長に日番谷隊長。 あたしが恋次の婚約者だとしっているのはこの4人だけ。 たったの4人だけど、すごく心強い。 「ありがとうございます」 なきそうになりながら感謝の気持を述べると「いいってことよ!頑張りましょ!」と明るく背中を押してくれた。 恋次があたしを忘れてしまっても、あたしが全部覚えてる。 そのことを、4人は知ってくれている。 皆があたし達の関係を知らなくてもこの4人は、知ってくれてる。 今のあたしには、ソレだけが支えだった。 Next |